2004年12月05日

誤解と曲解

友達の多くには阿吽の呼吸がある。 だからこそ友達といえるんだけど、それでもときとして行き違いもある。 ケンカや討論になるんだけど、それでも最後は双方さやを収めるものだ。 もしどちらかが納得できなかったら、友達じゃなくなり、ときとして仲間でも なくなり、あかの他人以上に関係は遠くなる。 ほとんどはそうならない努力をしていると思う。 出来ない人は友達が少ないか、交友関係は限られたものだろう。 それゆえコミュニケーションの道具である言葉は本当に大切だと思う。 いまさら私が強調していわなくてもほとんどの人がわかっているはず。 でも何十人に一人くらいの割合でわからずやが存在している。 わからずやに限ってわからない相手をわからずやと思ってるから始末が悪い。 わたしの場合、一番困るのが曲解だ。 誤解の場合は、説明したり、与えた事を素直に謝ることが出来る。 しかし捻じ曲げられたことには説明も謝罪もできない。 例えば「そういうのを変という人もいるかもしれないけど、おれはそうは思わ ないよ。かえって・・・なくらいだと思う。」と話したとする。 すると「変とは何だ!」というところで怒る。 「誰も変とはいってない」というと「いや言った」という。 確かに例の中で言葉として使っただが真意は違う。 しかしその人は言ったことを問題視していて、中身は読み取っていない。 普通の人はもちろんわかってくれるが、こういうタイプの人がたまにいる。 さらに重症になると説明してる事さえ「言い訳がましい」といわれる。 こうなるとその人は私を最初から敵視していて、わかりあおうとか納得のいく 説明を求めたいという人物ではないと解釈する。 ただ文句をいいたい、ケチをつけたいだけなのだろう。 そうなれば話し合うこともない。 世の中の多くはそうだという人もいるかもしれない。 ただ最初からフィルターを通して見ることしかできないのは本当に不幸なこと だと思うし、そうなれば世の中のほとんどの人間を疑うしかないだろう。 なにせわからずやの多くは自分は間違いないと思い込んでる気がするから。 そういうひとに「百歩譲って」とか「中をとって」という言葉は存在しない。 0か100、イエスかノー、敵か味方の二者択一。 でもそういう付き合いが出来る人は・・・大好きな異性でさえも無理だろう。 私は幸せになりたい。 友達がたくさんほしい。 いい人といわれたい。 そういう欲求があるから折れることがある。わからずやにとってはナアナアで いい加減な人間にうつるだろう。けれど少なくともそういうタイプの人間より も私の方が交際範囲は広い。 そして交際範囲が広がるとわからずやとも出会うことがある・・・ 引きこもりたくなるときがあるのが悲しいが現実だ。

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2004年12月04日

流行語大賞特別賞

流行語大賞が決まった。 オリンピックの年ということもあったのだろう。 北嶋選手の「チョー気持ちいい!」であった。 意外にも「ハッスル、ハッスル」がノミネートされていなかった。 ひょっとしたら商標登録のようなものがなされていたのかもしれない。 わたしが個人的に思ったのはギター侍のもの。 ・・・っていうじゃない、・・・残念!・・・斬り!は小さな子まで口癖の ようになり、面白かった。 大賞をあげたかったのは「たかが選手」 この言葉はある意味深いと思う。 人の心にある差別意識を端的に表現している。 「たかが庶民」「たかが田舎者」「たかが老人」「たかが女」「たかが子供」 「たかが中卒」「たかが貧乏人」「たかが障害者」「たかが・・」 枚挙にいとまがないくらい使われていながら表には出なかった。 いや絶対に言ってはいけない言葉だし、そういう気持ちがある者が未来永劫 栄える事はないだろう。 流行語として扱うのはおかしな話になるが、影響力があったという点では 最強だった。 この国を陰で動かしてると豪語していたオーナーがその言葉一つで辞任に 追い込まれたのだし、球界再編やはては野球界そのものの議論までを数ヶ月に も及び続けられたのだから。 たかがという言葉を使う者は多分自分ひとりで生きてると思ってるに違いない 言葉の後にくる人間達を必要なしと思ってるのだろう。 逆に自分はいろんな人たちに支えられて生きてると思えば、出てこない言葉で あると私は思う。 自分の心にも「たかが・・・」という言葉を使っていないか考えてみた。 今のところは思いつかない。 そういえば「たかが中国が!」と言った覚えがある。 必要ないと思ってるからなのだろうか。

taka1346yu at 10:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)未分類 

2004年12月03日

面白い番組がない

う~~ん ケーブルテレビとスカパーのお陰でたくさんの番組が見られる。 テレビも高画質なものが比較的安くなってきた。 液晶やハイビジョン、デジタルにこだわらなければわずか数万円。 録画も負けてはいない。こちらも安くていいものが多い。 でも・・・ 見たい番組がないというのが悲しい。 ビデオも録画して残しておきたいものがない。 以前は10本セットのお徳用ビデオテープを買っていたけど、ここ最近いや この半年以上前からまったく買い足してない。 昔のやつを上書きして繰り返し。 TVタレントの給料は高くてプロ野球選手の比じゃないという。 企業の宣伝広告費も、もちろん局員の給料も。 なのに・・・ どうしてこうなってしまったんだろう。

taka1346yu at 23:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)テレビ 

2004年12月02日

フィルター

あの人、嫌な人なんだよ。 そう聞くことがある。 本当にそうなのかなあ。 そんな風にみえないし思えないことの方が多い。 どう嫌なのか聞いてみる。 でも受け手によって違う印象。 許せないのもあれば、どうってことない場合も。 私自身は許せる範囲が多かったりするものだ。 ていうより多くは他人事、当事者でないとわからないことだらけ。 余程じゃないとたまたま虫の居所が悪いとか、体調が悪かったかそんなもん。 目くじら立てて非難するほどじゃない。 自分だって他人から言われているだろう。 怒った姿や怒られる行動なんて日常茶飯事だもん。 でもね。 嫌な人だっていう目で見ると、相手もこちらを嫌になるでしょ。 それよりも好意的に見ていればそれなりに! 後々、真実を聞いてみると・・・ やっぱ人の話っていうのは、双方からきちんと聞かないとわかりませんね。 少なくとも自分は他人に好かれたいから、色眼鏡で見ないようにしたい。 少しでも優しい人間を目指したい。

taka1346yu at 23:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)人間観察 

2004年12月01日

アホになる

「おうみ住宅くろさわさんーいっしょにおどりーましょうー」 関西では有名なこのCM、主演は黒沢年男さん。 彼が踊るシーンに賛否両論。 それにしても、あそこまでよくやるねえが一番多いものだろう。 私も彼にお会いする機会があったが、印象としては本当に真面目な紳士という 感じで、おどけることも、威張ることもなくごく自然体。 不思議な気持ちになった。 そんな彼だから一時はすごく悩んだそうだ。 自分は有名人、ある程度は成功も実感されていたから、年とともに著名度が 下降していく事がわかっていてもどうすることできない。 自分の殻を破れないことにイラだっていたそうだ。 そんな彼に助言をくれたのが、比叡山で一番偉い老祖。 「アホになりなはれや、アホになれば楽ですよ」 この一言だった。 もちろん、アホみたいなことをしろというものではない、自分のプライドを 脱ぎ捨て、自由に思うがままに楽に生きろというものだ。 そしてそれを実践するようになってから今があるということだ。 プライドがある人間は彼の行動は理解できないだろう。 私もときに「やりすぎ」と思うこともある。 でも確かに楽だと思う。 自分はどれほどプライドがあるというのだろう・・・ それがいかに邪魔してる事だろう・・・

taka1346yu at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)芸能