2014年07月03日

地元の歴史から

たまに地域の歴史について教えていただいています。
村・町の文化伝統がいつごろ、どのように形成され、どのように伝わり、
時には誰がとか、いまさらながら驚かされることが多いですね。

具体的には地元の寺社仏閣なんかの建立や、なんという方が守り、その
間にはどのようなことが起こり、また仏像や祭りについてもいろんな物語
があり、いつの間にか引き込まれてしまいました。

よく誰にもドラマがあるといわれるように、我が町にもそれなりの話があ
って、記録し伝承してくれた先人に感謝したい気持ちになりました。

ところでいいことばかりかといえばそうでもありません。
というのも、今栄えているところが昔はさほどでもなく、寂れているところの
方が、例えば旧道とか旧宿場だったといわれるように逆の場合があります。

そうなると不都合というわけじゃないけど、何であっちの方が歴史的な遺産
や価値があるのかとか、そういうところから神仏を移動したことで盗った盗ら
れたのような話が伝わっているなど、なかなかドラマティックです。

それでも口述ではなく、過去帳としてきちんと書かれているため、内容につ
いてあれこれあっても、子孫の我々はとやかく言えません。

またそれらの内容が信じられるかどうかという真偽についての議論はあれど、
東日本大震災でも立証されたように、過去にもあった震災の記録が実際に
寸分たがわぬほどだったということで、信憑性が見直されるきっかけにもなりました。

いろいろ読み進めて思ったのは、昔の人ほど自然や環境について感謝の念
畏敬の気持ちがすごく強いということです。
なぜ寺社仏閣があり、祭りや伝統芸能などいろいろ伝わっているのかといえば、
すべては感謝です。

豊作に感謝し、逆に飢饉や干ばつ等になれば神に祈る。
またよくいわれるように、田畑を村人全員で耕作するため、村意識やいまに
至る日本人気質も構築されてきました。
文面を読み続けていると脳裏にいろんな場面がよみがえってきます・・・

そして現在を考えるとき、いまの便利さに感謝することなく、またオイラの地域
は他所に比べて温泉、自然、海山の産物などすごく恵まれたところなんだけど
先人に比べ感謝の気持ちが薄れていると感じました。
畏怖の念を失くしたとき、自然は必ず我々にしっぺ返しをするでしょう。

ところで、話はまったく変わりますが、もう一つ別のことも考えました。
それは韓国です。
日本人は100年から200年前の記録さえきちんと残しています。
中には焼失したものがあるとはいえ、それでもすぐに復元し、後世に残そうと
努力する先人の姿がありました。

なのに韓国では70年前のことでさえ何も残っていません。
生き証人がいたなら、なぜすぐに記録として残しておかないのか。
また最初に書いたように事実はときに不都合なこともあります。
そうしたことを自分勝手に解釈したり、変更し、真実を捻じ曲げてしまうと不幸
は自分に振り返ってきます。

自分が経験した歴史ならまだいいでしょう。
しかし体験もせず、記録もなく、ただただマイナス面の記憶のみをリレーした
として一体どうなるものなのか。確かに日本でも明治や江戸時代に遡った
村々のいさかいや国内の戦争話も残っていますが賠償しろなんていう話は・・・

歴史に「もしも」はありません。
真摯に受け止め、なきものにせず、その上に立って子孫の我々がより良き
未来を子孫に伝えていくことが歴史を学ぶ意義の一つじゃないかな。
先代の時代は不仲だったものを修正し、貧困をあらため、上下関係を平等に
し、怒りを笑顔に変えていく・・・古文書の文字にはそうした願いを感じました。 

taka1346yu at 23:17│街角