2014年09月02日

祭りとは?

9月になりました。
この月は祭り月となり、自分も明日の晩はその話し合いに出かけます。
人口減少と高齢化で年々担ぎ手がいないというのが問題になっている
のですが、オイラからすると信じられない話。

というのも、なぜ祭りがあるのか、なぜ神輿を担ぐのか。
神輿は町の人々が、神社から神様を移し、隅々まで練り歩き、繁栄と
発展を願うとともに、今までのご守護にも感謝するというものです。

つまりやる気がないという人は、神様の存在がどうのこうのというより
も、自分は多くの人のお陰様で生きているという気持ちのない人間だと
思うんですよね。もちろん宗教上の理由の人も中にはいるけど少数派、
ほとんどは面倒くさいとか必要を感じてない、参加したくないというもの
で、そういう人がはたして幸せになれるんだろうか・・・

昔はこういう行事は田舎者だけがやってると考えていました。
都市部では大きな祭りが半ば観光目的で継承されているのだと、しかし
過去暮らした都市部のそのまた片隅の町々でも、大小さまざまな祭りを
みてきたことや、部外者ながら参加させてもらったりして考えは一変。

宗教云々ではなく、日本人のDNAたる自分は誰かによって守られ、生か
され、それに感謝するというものが脈々と存在しているんじゃないかと。
そういう目線で祭りをみるようになると、自然に受け止められるようになっ
たし、逆に自分も毎年参加すべきだと思うようになりました。
はっきりいえば祭りに参加する機会のない人は寂しい人だとも思います。

そんなこんなを漠然と考えていたら、面白い番組がありました。
仏教と量子力学が同じ領域で語られているというもので、説明は頭が
悪いので難しいのですが、たぶん、たぶんですよw
宇宙への考えが2003年以降、 激変したそうなんですよ。

何が変わったかといえば、人間が宇宙を知っているのはたった4%であと
の96%は全然解明されていない。 
ですから知識がゼロに等しいというか、もっといえば今宇宙の知識を常識
だと思っている人たちの多くが習ったことは間違っているということです。

物質は原子や分子で構成しているとか、宇宙の成り立ちにその成分・・・
そして多くの人が4次元を常識にしてきたけど、理論上は11次元まである
ということなど、人智を超えた意味不明なものがたくさんあるということが、
わかったというのが最新の科学で、それが何なのかはまだまだこれから。

そんな状態を解決していくには時間の流れ、あきらめの境地、無とは何か
など、だんだん仏教的な考え方がないと難しくなっていくという。
反対にキリスト教やイスラム教では、経典の枠を超えることは難しい。
アメリカでは今でも進化論に反対する一派が、学校に通わせないとか、
原理主義といわれる人たちは新しい考えを否定するものが多いため、
日々刻々と変化する科学とは相対するものになっています。

仏教にも原理主義者はいるけど、かなりの少数派で多くは考え方が自由で
いくつもの宗派が存在し、それでも互いが争うこともなく共存しています。
日本だと神道も仏教も共存していながら、さらに日本独自の伝統や文化も
根付き、さらに新しいものに向かおうとしている・・・まさに宇宙w

ちょっと最後は冗談を書いたけど、言いたいのは科学はまだまだ。
だって洪水は防げない、放射能すら解決できない、新エネルギーは? 
考えれば考えるほど便利で安全で暮らしやすいかと聞かれればNOでしょう。
比べるものが数百年前だったから、それに比べればであって個人的には
科学はまだまだ未知数の可能性を残すものだと思っています。

まだ勉強不足なんでもっとわかりやすく説明したいですね。
次はきちんと本を読んでから!
何より、解明されていない間は、多くの人が受け継いできた「善き」ものは
否定せず、自分もまた次に継承する者となること。
これを大切にしていきたいです。 

祭り、仏教、科学となんだかずれてしまいましたが、 祭りへの参加は案外
科学的なものかもしれないという勝手な解釈でしたw 

taka1346yu at 22:57│街角