2017年09月11日

教育から発育へ

文科省ってこのまま存在してていいんだろうか。
教育は各県に任せればそれでいいと思うんだけど、海外には存在しない
省庁でもあるというし、個人的にはいらないと思う。

ネット動画を見てて、すごくいいと思ったのが遠隔教育。
これからの教育は小学生から英語やプログラミングが始まるという。
逆に言えば今までの世代にない教育が始まる。

ということは、教える側が完全に少なくなる。
また地域間格差も生まれる可能性があるし、平等な教育を受けられる権利
はあれどその質は不平等だと思う。

ここからは個人的な見解なんだけど、部活にしても教育にしてもオイラが
学校に厳しい目を向ける理由の一つに恩師と思える人がいなかったこと。

どういうことかといえば、その人のお陰で自分の中にある潜在能力を引き
上げてもらった恩人というのがまったく記憶にない。
それどころか中には勉強する気をそがれたり、無くしたりもした。
いわゆるマニュアル通りに教えていればそれでいいってな感じ。

じゃあ人間性はどうかといえば、今は厳禁の体罰全盛時代。
その体罰も肯定派が愛があれば云々なんていう論を言うけど、まったく感じ
ることもなく、小中と毎日のようにしばかれてました。

普通そういう経験があれば体罰を肯定しやすいけど、何も効果を感じない
どころか、かえって歪んだ性格になった人間としては大反対。
また自分がされて嫌だったことを喜々として弱い立場の人にやるクズも
たくさん見てきたけど、そういう人間にも絶対になりたくない。

思い起こしても教師には何もいい思い出がない。
もちろん好きな先生はいました。
でも師という観点でいけばまったく違うものになる。
オイラにとっての師は修業時代にお世話になったおやっさんだけですわw

同級生、先輩後輩というつながりこそが今も続くかけがえのないもので、
それすらなかったなら、何もなかった青春時代ということになる。

高校を卒業し、学生時代に数多く気づかされたことがあった。
予備校に通ってた人は勉強の面白さやテクニックを教わっている。
スポーツで仲良くなった連中は指導者に恵まれ、こちらも伸ばしてもらってる。

自分はそれらの友人知人から教わり、成長させてもらったけど時すでに遅し。
これがもっと早ければといつも悔いている。
もし能力をもっと早い時期に伸ばしてもらってったら人生は違ってた、と。
勉強は面白く、スポーツは楽しく、そして教えてくれた先生やコーチを恩師と
呼んでいたでしょう。

遠隔教育なら、少なくとも田舎にいても一流の指導の一部に触れられる。
今はyoutubeなんかでもいろんなものが見られるように、学業にもあれば、
また生涯学習という意味でも今からでも知りたいことは山ほどある。

今は時代も進み、双方向メディアですから質問だってできるでしょう。
録画もできれば、いつでも好きなときに再生もできる。
効果はどうあれ、教育の選択肢が広がるというのは革命的だと思う。

しかし相変わらずの文科省の反対、加計学園の件と似ている。
何でも人間関係が大事なんだと。
肌のふれあいとか、机間教育が大事だとかアホバカレベルw
まあ改革したくない人たちだから!

そんなに触れ合いが大事ならAIは全否定なんだろうねw
駅の自動改札も昔のように人間が切らないとダメ?
確かに人間関係は必ず必要だと思うけど、その場は学校だけじゃなくて
いいでしょ。地域のクラブ制やそれこそ地方自治に任せろって。

話は少しそれるけど、野球部の人数が減り、一部地域では複数校が集まって
チームを作るようになってるという。
そういうのが日本全国で当たり前になればいいと思うけどね。
学校という単位を越え、広域地域制の方が人間性はより豊かになると思う。

戻って・・・確かに優秀な先生はいます。
でもダメな教師もたくさんいる。
自分の場合はあまりにも多かったから、もうステレオタイプになったw
問題はどちらも選べないこと。

そんでもって優秀な先生は都市部とか、そこそこ大きい学校に行き、
ダメな人が過疎地域や小規模校に割り当てられてる事実。
ある学校なんか教師の島流しなんて言われてましたw
つまり学校教育で受け手はどちらに当たるかが運でしかない。

昔は生徒数も多かったから自然と競争も厳しかった。
いくら教師がダメでもサバイバルがあれば優秀な人は出てくる。
地方やもっといえば片田舎でもでも難関大学に行く人はけっこういたし、
チャンスもありました。貧しくても教育が受けられれば・・・

それが今では都市部と地方の経済格差にはじまり、人口減少や市町村合併
による学校の統廃合も進み、地方の教育はズタズタ。
だってそういうところに優秀な先生は来ませんから。
中央省庁の人間がそうした事情が分かるわけがない!

教育は国の財産であり生命線、言い換えれば地方も。
それを邪魔してるのは阻害してるのは誰ですかって!

文科省があって日本の教育は進みました?
そうだというなら、今の現状はどうよ。
はっきりいって必要ないでしょw

最低でも県レベルでやらせた方が絶対にいいと思うけどね。
そうすれば遠隔教育の壁も簡単に無くなるんじゃないかと。
また塾は当たり前の時代になり、生活で手いっぱいの人は行かせられない
現状で、遠隔教育が可能なら、安いお金で受けられる可能性もあるしね。

最後にタイトルですがエデュケーションを教育と訳したのは失敗だという
福沢諭吉の弁。これは江戸時代からの儒教の教えもあり、主従関係というか
勉強は教えてもらうものという意味合いだという。
本当は発育と訳したかったのだとか。

発育は勝手にどんどん育っていく自主性の言葉。
この段階から違ってたんだなあと思う。
でも人間の知恵はいつでもやり直せることにもあると思う。
文科省を解体すればすべては始まる!

taka1346yu at 23:21│ひとりごと