2019年08月30日

どっち派?

こんなのがツィートされててネットで議論になってました。

これに対し
PTAの話でも似たようなケースを耳にしますね。 

PTAが大変だ、という知人に「負担を減らす、PTAを無くす等提案
してみたら?」と言ったら「そんなのずるい。自分だけが苦労する
のは嫌だ。後の人も苦労して欲しい」と言っていて、まだまだ
夜明けは遠いな、と思った。 

まさにサッカー部で この瞬間に立ち会いましたね 
僕が二年のときに一年はスパイクOKという 悔しいとかずるいという
感情は多少はあったが 涙までは流さんし むしろ転換期に立ち会えて
良かったと


自分が言いたいのはサッカー部、PTAという枠にとどまらず、何か
伝統的なしきたりがあり、それが問題になっているにも関わらず
止められない、止めようとしない。

何度かそのチャンスが訪れる。
しかしのど元過ぎれば熱さ忘れるで結局はそのまま。

あるとき、誰かが変えるとなったら?
あなたに変えるチャンスがあつたら?
改革派?それとも守旧派?

自分は完全に改革派ですし、事実過去のほとんどそうしました。
先輩や先人からお叱りを受けたこと多数w
しかしいつもどこ吹く風なんで、しまいには自分がやることに口出す
人もほとんどいなくなりました。

逆に後輩や若い人から受けがいい。
つまりそうした人たちが味方になってくれるのも力になります。

なぜ自分が不愉快だったり、疑問に思ったことを変えられないのか。
そういうのを続けていいと思えるのか。
後進の人たちに辛い思い、悲しい思いをさせて平気なのか理解不能。

こういうのを普段から観察してると、人間ウォッチャーは楽しい。
良い人といっても結局は無責任、無関心だけの人。
頑固だとか、意地悪といわれても要所ではあえて自分が敵役を
引き受ける責任感の強い人などいろいろ。

人間性は普段なにげないときなんてどうでもいい。
窮地とか、危機状況になるほど見えてくるものがあります。
こういうのを普段から考えていると、小人な自分でも勇気がわいて
きますから、いろいろ自問自答することは本当に大切。


 これもどっちって考えたい事案。
選挙演説を妨害する行為を問題視する声が多くなり、前回の
参議院選挙では期間中に妨害する人たちが排除されました。

彼らは野次だという。
しかしどう見ても野次じゃない。

野次と妨害は全く違うものであることを考えるべき。
野次というのはどういうものか。
話してる内容に茶々を入れたり、合いの手をうつもので話し自体を
邪魔しようというののじゃない。

しかし排除された連中が言う野次は「やめろ!やめろ!やめろ!」
みたいな大合唱が主で、話の内容いかんで掛け声を上げる。
そして聞きたいという聴衆の邪魔をするものだ。

彼らに権利があるとすればどういう権利なんだろう?
発言の自由?批判の自由?
しかし選挙期間というのは立候補者の演説を聞くべきもの。
選挙が民主主義の基本とすれば、方針を聞くのはそのさらに基本。

これを聞かせないように妨害するのははたして権利なんだろうか。
それ以上に聞きたいという人の権利は一体どうなるのか。


左派系の発言をする落語家氏のツィート。
これのどこが言論弾圧かw
相当頭の悪い御仁だと思うわ!

弾圧されてたら学生はどこかに消えてますよ。
それにあなただっておおぴらに言えないでしょう。
そういう基本的なこともわからない頭の悪さ。

最近は相手が抵抗できないと好き勝手しよう言おうとするモンスター
に対し憤りを感じてる人は多い。
言いやすい相手だけに自由気ままにケチをつけるだけ!
その卑しさに反吐が出る。

自分は国会の野次さえ禁止にしてほしい。
とにかく何を主張してるのかをきっちり聞かせてもらえないと!

超少数だからと声も大きくなってきた。
しかしもうじき消えていくと思う、いや消えてほしい。
だってその論は誰も相手にしたくないものですからw

あと世の中はハラスメントが問題になっていて、特にリベラル界隈は
こういうことになると厳しいはず。
ならば演説ハラスメントと言われたらどう答えるの?

聞きたい人が聞けない。
そもそも演説はどういうためにあるもの?
そう考えると完全なハラスメントといえる。

自分が嫌いな相手、許せない相手には何をしてもいいという論理には
ほとほと疲れる。まさに韓国の反日有理と同じ。
そうケンカ腰になるよ、そもそも平和主義、戦争反対なんでしょw





taka1346yu at 23:50│人間観察