連続受賞は難しいだろうなあ。
実際、候補にもでてなかったし。
そう思った人がほとんどだったと思うなかでの朗報。

今はいいけど30年後はどうなのか。
研究費も減り。どうたらこうたら・・・
もらえばもらったで否定的、不安を口にするのが日本流w

でも大事なのは何のための研究、誰のための研究じゃないのかな。
そして日本の研究者はおおむねそういう気概を持った人が多いと思う。

それらを邪魔するのが文系出身者の特に経済・経営・商学部連中ちゃうw
理論とデータを中心に数字ばかりを気にして、売れる商品を!

商売の基本は確かにそう。
そして彼らはイノベーションを言うんだけど、阻むのはあなたたち!

なんやかんやいっても受賞者は一般企業出身者が多いじゃないですか。
そういうところも研究環境が問題ではなく、要は目の付け所だと思う。

実際、中高生だったり、中小企業とかでもすごい発明発見をする人がいる
のを知って驚かされることが多いですから。
そう考えると日本の理系分野はなかなかのものだと思う。

確かに安心や過信もよくないけど、心配には及ばないと思うな。

nobe

ノーベル賞の受賞になると必ず登場する話題があるw
避けて通りたいけど、わざわざ出てくるから避けられない。
まさに街路灯に飛んでくる蛾!

特に今回も目立ったのが吉野さんエライ~日本人エライ~俺エライと
いうのは間違い、お前はエラクないっていうやつw
日本が金メダルとか優勝にも登場しますよね。

ただ自分は完全に間違いではないと思う。
以前にも書いたんで重複するけど、受賞者個人の才能と努力は反論の
余地はない。しかし日本という国に生まれ、育ち、仲間と共に歩みながら
いろんな思いや生き方が形作られたはず。

同じ人が別の国に生まれてたらどうだろう。
生きていくのがやっとだったり、教育なんて必要ないなんていう事もある。
そう考えると世界中には天才がいてもはたしてどれだけの人がその才能を
発揮できる土壌にいるんだろうか。

我々は何の気なしに生きてるけど、日本国の義務を果たすべく生き、その
かわりに権利も与えられてる。
そして共同体を作って日本の伝統、文化、教育、経済、法律・・・あらゆる
システムのなかで暮らしている。

つまりその共同体を作ってる一員と考えれば、日本国民みんな凄いんですよ!
仮に国がアリの巣、蜂の巣にいるとして、それを作り守り育んでる仲間。

だから研究者の人たちももれなく日本や日本国民に感謝の言葉を言います。
それをお世辞だと思うなら腐ってるだけで、あそこまでいく高尚な人たち
だからこそ心底そういう思いだろうし、そういうのを持ってるからこそ受賞
するんだろうなって思います。


ノーベル賞を取りたいけど取れない韓国を考えるとよくわかる。
韓国にも頭のいい人や賞に近い人は確実にいると思う。

しかし研究にはその国の文化や思想も関係すると思うんです。
彼ら自身も日本は基礎研究がきっちりなされるが、韓国では応用研究ばかり
に重きを置かれるから、受賞は難しいと。

またどうしてもビジネスの方に偏るという話もあります。
つまりは金儲けができない研究は止めさせられてしまう。
他にも上下関係が厳しく、そういうのが教授と弟子という関係では阻害に
なることが多いって言ってますね。

だから日本の受賞者が弟子を労ったり、時には一緒に受賞するのを見て感嘆
の言葉をあげているのも目にしました。

あと興味深いのは立派な研究をしててもなかなかノーベル賞は難しい。
でもその貢献を表彰しようと日本国内でもいくつかの賞があります。

そのなかの一つに日本国際賞がある。
そして吉野氏はこちらでも受賞されてたみたいです。


最後に韓国に厳しい言い方をしたいことがある。
それは仮にノーベル賞じゃなくても、さらに日本国内で賞をもらってなくても
さらにさらにその人の貢献が無名に終わっても、日本には偉人と呼ばれる人を
たくさん輩出してます。

トップの大学はもちろん、市井や地方でも自分のためじゃなくみんなのために
何とかしたいとそれこそ命がけで立ち上がった人たち!

今でも「えっ知らなかった~」ってショックを起こし、こちらにも幾人かの
人を紹介したこともあります。
日本だけじゃなく海外とか、時には戦争相手にさえも尽くす。

こういう人を韓国人で探すけどいない。
出てくるのは運動家やいわゆるテロリスト。
この差は一体なんだろうって思う。

彼らはよく起源を主張しますよね。
中国では偉大な僧が日本に普及するためにやって来たとかいう逸話が
残ってるけど、韓国というか朝鮮では聞かない。
せいぜい陶器とか職人が連れてこられたみたいなもので、命がけで
日本人のために何ていう話も知らない。

そう思うと国民に受け継がれたDNAを感じて仕方ないんですよ。
日本人が取り立てて立派とは言わないけど。

なぜ韓国人を否定したくなるかと言えば、やはり寛容とか節度、礼儀がなく
ただただ上下関係を主張し、恨み、怒りを当然だと思い続ける姿勢。
こういうのがある限り、壁があるんじゃなかろうか。

実際、今回の受賞の感想を見ててもそういう反省をしてる人が目立ちました。

「政治的なことにばかりこだわらないで、これを見習え」

「部品や素材の国産化は、このように基礎技術から磨かなければ
ならないのに、産業そのものが死んでいくことを知らず、先に大口をたたいて
外部と垣根を築いているとは、実に愚かな」

「科学分野のノーベル賞24個。このような国が近くにあるというのに、一切の
祝福もせず、学問的科学的にリードしていた隣国を尊敬して親しく交流しながら
徹底的に学ぼうとせずに、謝罪だけ要求し続けて、ユニクロの不買まで」

高校3年生が14日参加するだけで7年間研究した病理学論文の第1著者になること
がある国でノーベル賞を期待するのか?


最後のはもう自虐ですねw
歴史も科学、政治も経済も法律もまた科学じゃないとダメでしょう。

受賞者の多くが有名な言葉を残しています。
「教科書を疑え」「なぜなのかを突き詰めろ」
つまり物事をただ単に受け入れるのではなく本当なのか、真実はどうなのかから
科学は始まり、研究の端緒となっていく。

韓国は滅茶苦茶な歴史に反論はもとより議論さえさせない。
日本ではメディアの報道しない自由、偏向報道などの非科学が存在する。

偉そうに言うつもりはないけど、非科学と憎しみは何も生まないと思う。


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Who did it better? 😝 #rwc2019

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こうやって相手をリスペクト!
日本人の小さい子供がやるんだもんなあ・・・w

最後に、ノーベル賞100%と思われるもの
それは新エネルギー!
これを早く発明してほしい。
世界は激変する!