2019年11月12日

自分で考える

天皇陛下の即位式が終了。
その後は確実に反対派の声も出てくるw

もちろんもろ手を挙げて賛成ばかりというのはないと思う。
個人的にも秋篠宮殿下も申していたように費用の問題であるとか、
式典の内容であるとか、すべてが納得というものばかりじゃない。

それでも皇室制度存続ということに関しては、日本国民の総意は
間違いないでしょう。
日本にとっての天皇家は国民生活を委縮させ、不利にするものでは
全くないから。

だからこそ反対派の意見にも興味があるんだけど、その論で納得でき
たものがほとんどない。
聞くのは階級制度、税金の無駄使い、戦争責任、後継問題かな。


面白いのは憲法の観点から反対を言う人。
憲法14条には法の下の平等があるからだっていう。

でも憲法を語るなら、そもそも第一条で天皇は象徴だとされてる。
そっちが問題なんだから憲法改正すべきでしょ。
でも、彼らはそうは言わないw

戦争責任では韓国国会議長の発言でも問題になった。
戦犯の息子という表現。
個人的にはそういう意見も仕方がないと思う。

特に家族に被害を受けた遺族にとっては、戦争により家族を失い、その
ことで辛酸をなめた人も大勢いたでしょうから。
わが家でも父方には兄が二人戦死、大阪大空襲で親せき一家全滅という
悲しみと怒りの出来事があった。

父にしても兄を失ったことで人生がいろいろ狂わされた話を聞く。
しかし幸いなことにご近所さん、親せき、兄姉などのお陰で天皇陛下や
戦争を恨むことなく生きてこれたようだ。

幸運だったらそうかもしれないが、不運な方々ならそうはいかない。
ご高齢の人々の中に恨みを抱く人がいるのは納得。

しかし、そうした体験もなく、そもそも恨む理由もない若者が反対を
叫ぶことにいつ、どこで、どうなってそうなったのか知りたい。

実体験における恨みは当然だと思う反面、そうしたものがないのに恨みを
植え付けられたリ、刷り込まれたりというのは一体なに?ってなる。

負の連鎖ともいうべきか、こういうのを洗脳と呼んでいいかどうかはわから
ないけど、あまりにもおかしいと思う。


戦後、ソ連や中国で抑留された人々は苛烈な環境のもと洗脳され、
もしも社会主義、共産主義思想がなければ帰国させてもらえないという
状態で反日反天皇思想を植え付けられた。

一部には全国行幸の際にテロを命じられた者もいたという。
なのに丸腰の昭和天皇に対して何もできなかったどころか、そのお言葉を
聞いて自分が間違っていたと涙したものもいたという。

もしも本当に憎しみや怒りがあったとしたら、今なんかよりもよほど
チャンスがあったと思われるというのに、それがなされなかったことを
戦後に生まれ、戦争もその悲劇の実体験もない我々が何をもって架空の
憎しみや怒りを向ける必要があるんだろうか。

ある意見が一番興味深かった。
皇室反対派の意見がなぜ響かないかと言うと「皇室が無くなったら日本は
こんなに良くなります」と言う部分が全く提示出来ないからだと思う。
実際、皇室が無くなったとして、そこからどう言うメリットが産まれる
のかさっぱり分からない。

中国は文化大革命で伝統と文化を破壊し、もっと言えば歴史を否定した。
それによって生まれたものは何だったのか。
今になって日本に残る歴代王朝の名残を懐かしむだけとなった。

韓国はああだこうだと難癖をつけるが、本音では皇室外交、王朝外交を
心底うらやましがっている。
いま日本における反天皇制の一部にはそうした連中の工作もあるみたい。

皇室外交の成功を羨み、無くしてしまおうという勢力に組して何がいいのか
さっぱりわからない。平等に反するといいながら、中国の階級社会とか
近隣の民族迫害、韓国においては地域間でいざこざが多い。
そういう人たちに平等を説かれてもねえw

唯一これかなあって思ったのが真の民主主義ではないという話。
つまり、天皇という頂点がいる中での民主主義は偽物であると。

でもこんなことを言う国ってあるの?
いるとしたら、先の特定東アジアくらいでしょう。
ついでに言うと、北朝鮮民主主義人民共和国だよねw


最近はこうした政治活動も宗教でも人、特に若者が減ってるという。
その一因にSNSがあげられてる。

現実での友達はいなくても、SNSなどでは自分と同じ意見とか、趣味も
その他いろんな共通点がある人を探せる。
以前はそういうのが難しいから政治運動や宗教があったとしたら、
これらはもうオワコン100%でしょう。

自分は政治活動にカルトに臭いを感じています。
かのオウムでも高学歴、上昇志向があり、真面目な人が大勢入信した。
彼らは現実社会で認められないという不平不満から傾倒していったと
されている。

自分を軽視する社会、自分を重用しない社会に嫌気がさし、ステージさえ
上がれば評価され、また教祖を忖度し、求められる行動をすれば簡単に
認めてもらえることで嵌っていったようにみえる。

実際は下積みし、自分自身も他者を敬えば返って来るだけなのに・・・
まあ若いうちはわかりませんわなあw

政治運動もよく似ていている。
特に政治理論がちがちのところは、それが経典のようになりある種の
妄信状態に陥り、反対論者を叩くと評価される。
そこにはその論が正しいとか、間違いであるなんて無関係。
わかりやすくいえば韓国の反日と同じで悪の日本を叩けばいいというのと同じ。

もし自分が間違った状態になってるかどうかを判断するには、反対意見に
対しどう対処したらいいかでわかるでしょう。
排除、弾圧、禁止を言い出したらまさにアウト!


そしてここまでで気づいてほしいのが、本当の自分の意見はってこと!

自分でいろんな情報を調べ、考えそして多くの人の意見や状態を観察し
熟考した上で決めるのならいいけど、抜け出せない状態とか、他のことが
考えられない状態での考えは価値がないと思った方がいいでしょう。

特に考えが通用しないと、最終的に暴力に走ることになる。
テロ、体罰、DV・・・みんな同じ根があると思ってます。

偉そうに書いてますが、多くの先輩・友人からも言われます。
時には後輩・年下からも突っ込まれます。

正解もしくは正しい人間なんていないでしょう。
いつも間違いだらけの不勉強人間w
そうやって気楽にいろいろ考えていくことを勧めたいですね。

taka1346yu at 23:31│ひとりごと