2020年05月26日

運動神経悪い芸人なんて問題ちゃうの?

コロナのおかげでって言うと語弊がある。
でもこの自粛規制がなかったら現実にはなってないと思う。

自分は前から小劇場ライブにちょくちょく行ってたんだけど、せいぜい
大阪が限界で、それも3か月に1回くらいかな。

もっと行きたいし、東京とか名古屋であるのも見てみたい。
しかしライブ主催側はあくまで現地で生にこだわってるでしょうから。

そういうのもって自分はスカパーや動画配信なんかのところに専門チャンネル
や番組コンテンツとしてあげてくれないかなと言ってました。
別の場所に書いたりもしてます。

そしてご存知のように自粛でライブができなくなったことで、主催側が
ネット配信をしてくれるようになったんですよ!
もちろん有料で課金制なんですが、これについても1か月の支払いではなく
単独ライブごとの支払いなんでとてもうれしい!

今回は有名な新宿ロフトプラスワンのあるトークライブを購入しました。

このシステムは全国から集めることができるため、収入もよかったみたい。
これが今後に続けば、家で見られるチャンスが広がります。

ただあくまでトークライブで、音楽のライブは難しいかもしれない。
それでも流れによって変わってくるでしょう。
回線も早くなり、映像も激変すればもっと進化した形も考えられます。

こういう盛り上がりは微笑ましいw






それにしてもエンターテイメントというのは余裕がないと見れない。
戦争、災害、不幸・・・そういうのに見舞われれば生きることに必死で
見向きもしないのが現状。
今回は出かけられないのと開催できないということでした。

芸能人のネット発信が目立ち始めた切実な事情 | コロナショックの大波紋
 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

この記事には以下のような文章がありました。

緊急時のエンターテインメントは生きていくうえでの優先順位が低く、
真っ先にカットされることがハッキリしたこと」と言っていました。

スタッフならエンターテインメント以外のコンテンツを作ればいいの
ですが、芸能人はそのようなシフトチェンジができません。
芸能人たちは新型コロナウイルスの感染拡大によって、「自分はエンター
テインメントの世界でしか生きていけないんだ」
「自分はそれでもこの世界で生きていきたいんだ」という現実を突き
つけられているのです。


売れっ子で盤石と思われた人でさえ緊急事態になった。
また自身だけがよくても業界全体が沈めば、テレビ、ライブ会場など
開催できることさえ困難となり、最終的にはスポンサーも離れ業界は
確実にしぼむというのもわかったでしょう。

個人的には上から目線だった芸能関係に冷や水が浴びせかけられたと思う。
ただし、雨降って地固まるとはよく言ったもので、新しい物事へのシフト
チェンジはこうした危機の時に生まれることが多い。
逆に言えば何も変えられなかったら、最終的にはオワコン化するのです。


桂米朝の名言

芸人はどんなにえらくなっても、つまりは遊民(ニート)なのです。
世の中の余裕ーーおあまりで生きているものです。
ことに、落語というものは、「人を馬鹿にした芸」なのですから、
洒落(しゃれ)が生命(いのち)なのです。

わたしがむかし、師匠米団治から言われた言葉を最後に記します。
『芸人は、米一粒、釘(くぎ)一本もよう作らんくせに、
酒が良(え)えの悪いのと言うて、
好きな芸をやって一生を送るもんやさかいに、むさぼってはいかん。
ねうちは世間がきめてくれる。
ただ一生懸命に芸をみがく以外に、世間へのお返しの途(みち)はない。
また、芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで』







その中でもキーだったのがネットで、動画配信だったりSNSになるの
ですが、木村花さんの件も今後に大きく影響しそう。

木村花さんの死が問いかける、ネット上の誹謗中傷の罪とプラット
フォームの責任(伊藤和子)  - Yahoo!ニュース


今回は誹謗中傷の発信者が一義的に攻撃の的になってます。
確かに彼女の件だけじゃなく、いろんなところに嫌がらせをするような人は
かなりいて、ずっと問題になってきました。

そのたびに削除だったり、発信者の開示を求めるということがありながら、
日本では見過ごされてきました。
このことが匿名で何でも言える状況を作ってます。

日本は誰かが犠牲にならないと変わらない・・・
誰もが知る残念な動き。
今回ようやく重い腰が上がりそう。







あとは地上波の方ですね。
報道にしても何度も書いてるけど不安や心配になることばかり。
褒める、感動する、いい話は少ないと言っていい。

ワイドショーは批判や印象操作ばかり。
気分が悪いという人もかなり増えています。

そして自分は昨夜放映されてたアメトーークの運動神経悪い芸人とかいう
のが虫唾が走るほど大嫌いです。

これもある種のイジメにつながるものだと気付いてほしい。
そういう感性がなく、他人のみじめな行為や失敗を何も考えずに笑えると
いうのは、あなた自身がいじめに加担する種を持ってると言いたい。

自分も一番最初のころは笑ってました。
1,2回で終わっていれば見過ごしていたでしょう。

しかし何度もやることでわざとというのも感じたんだけど、学校なんかで
同じように運動を苦手とする人に対し、がんばれって応援するような傾向
になればいいけど、笑いものにする風潮が生まれるとしたら・・・
それでも何も感じませんか?







人は得意、不得意がある。
絶対的な自信を確立していれば、少々苦手なことで自分が↓に見られても平気。

自分の場合は長距離が苦手でがんばっても得意になることはない。
ハーフマラソンに出たときは途中熱中症状態になり、どんどn抜かれていき
意識ももうろうとして、最終的にはゴール閉鎖4分後にたどり着きました。

走る仲間とリレーマラソンに出るけど、自分は参加することに意義がある的な
存在であり、抜かれるもしくはタイムを落とす前提の人間です。

走る会場に行けばほぼ95%の人が自分より早いでしょう。
ある意味、みじめな思いを感じてる。

ただし別の事をすれば絶対的な自信、他人に負けなものがあるという気持ちが
マイナスな思いを打ち消してくれる糧となっています。
同じように運動神経悪い芸人もお笑い芸人としては成功してる方々が出演し
てて、そこで笑われても別のことは大丈夫というのがあるからいい。

しかし一般のまだ学校で自分というのを模索中の子らには、そういうものがない
からこそ精神の葛藤があるわけで、そういう時に笑いものにされたら、どれだけ
傷つくかを心配します。

結果どうなるかといえば臆病者が増えるだけ・・・

自分の得意なことしかせず、苦手なことにはチャレンジしない。
狭いフィールドにいて自分を高見にあげ、その範疇のなかで出来ない人を笑い
ものにする卑怯者と化しています。

いろいろやって苦労すれば、見えないことがよく見えるようになり、他人の
得意なものを素直に褒められる余裕ができてくるんですよね。
運動というのは得意でも音楽はまったくできません。
だからできる人を尊敬すると、彼らもこちらの長所を褒めてくれる。
そして苦手にチャレンジする人を素直に応援できる。
そういう方向性があれば、他人に罵詈雑言を発する土壌も小さくなりますよ。

最後になるほどと考えさせられたこの記事で終わります。
あいのりレスラー・崔領二がテラハ制作者に怒り「恥を知れ」
(東スポWeb) - Yahoo!ニュース




taka1346yu at 22:56│ひとりごと