2008年10月31日

問題は実はメディア?

何かがあるとバッシングするのはメディア、一般の「常識ある」人々の方が その反応はかなり冷静でまともだと思う。 そう思ったのがご存知神奈川の入試に関する事件。 課題校の入試で合格点に達していたけど服装や外見の問題で不合格にしたと いうもので、校長先生が更迭されてしまったが教育委員会へは9割近い人の 校長擁護の意見が寄せられたという。 少し見てみたらテレビで賛成反対の意見を聞いていた。 興味深いのは理解を示すような人々、こういう人は実情がわかっているのか それともその方が高尚だと思っているんだろうか。 「服装や外見で判断するのはよくない」「受験時の規定にはないことでルール 違反だと思う」「外見に無頓着でもいい奴はいる」「最初良くしてても入学後 に乱れるような例がたくさんある」などが主な意見だった。 外見で判断するのは確かに良くないけど学校という場と公共の場を同じにする のは違うと思う。団塊世代ジュニア辺りでは個性重視とかで他人と横並びしな い風潮が起きたが、そのせいで社会人になっても世間となじめない人間が数多 く誕生してしまった。最初から自由と一定の型にはまった中から創造していく 自由とはまったく別物だというのに気づくべきちやうかな。 受験時の規定にないからというのも正解のようで実はおかしい。 何でも明言しないといけないというのはモンスターなんちゃらの予備軍だと 思った方がいい。ルールの前にモラルとか常識とかマナーがある。 誰もが知ってるようにこういうのはいちいち文章化して掲げていない。 同じ格好で就職活動や社会人になって営業したりするときもする人ならいい。 でも現実にはほとんど存在してないし、問題行動の入り口は服装の乱れから 始まるという長年のデータと問題視される服装のほとんどは「攻撃的」なもの が大部分を占めるから街角で見るような単なる茶髪やピアスをつけてるのと 違うはず。プライバシーで不合格された子の外見は見れないけど、たぶん ほとんどの人が不愉快になるような格好だったと想像できる。 外見に無頓着で優れた才能がある人は多いと思う。でも限度があるし入学後の 乱れなんかは教師の指導力であって入学前から問題を抱えていると予想できる 生徒についてどうこうしようが義務教育後なので常識範囲なら仕方がないと 思える。ただ今回の校長はかなりがんばっていたようで毎年100人近くの 退学者を出していたのが昨年は激減してきたらしい。 子供は何色にも染まる。 それを制限するのは問題があるし可能性を摘む行為でもある。 でも大人がきちんとした考え、特に自分の経験から「自信を持って」子供たち に伝えることができないのは情けない話じゃないかな。 先日あるお店で外見的には良くない人と一緒になった。 二人いて一人は親方もう一人は弟子なんでしょう。 面白いんで観察していたら親方が「おまえの態度と口の聞き方は・・・」と 説教していた。若者は「ハイわかりました」と返事をしていたのを見て、確か に外見はイレズミも入ってて問題があるように感じたけど中身が腐っている ようには感じられなかった。 どんな世界に行っても必ず上の人が叱ってくれ下の者は勉強する。 学校はある意味叱られたり注意されたりするのを学ぶ場であり、それが理不尽 なものなのか、それとも自分を思ってくれているのかを判断する場でもあるよ うに思うし先生はまず最初の親方だと思う。 確かにその先生にも問題があるけど、社会の方も服装や外見を注意する学校に 文句を言うようだと先生もどういう風な指導をしていいかわからなくなるんじゃないかな。 まあここまで書いたけど世間の人やネットの意見ではまともなのがほとんど。 だからこそ少数意見を取り上げたがるメディアに一番憂慮してしまう。

taka1346yu at 22:26│マスコミ