2010年08月20日

村社会

村という言葉は市町村のものを指すばかりじゃなく閉鎖的消極的な意味あいの 村社会という言葉からくるものもある。 こちらは自分たちだけのルールで物事を断行し、村中でさえ認知されれば周囲 のルールなんておかまいなし、時には違法行為や眉をひそめる行為もある。 そして馴れ合いと例え異見があっても見過ごされ、権力者にはイエスマンの 集まりのようになってしまう事態も生じる。 こういう世界は現代情報化社会では徐々になくなりつつある。ほとんどは情報 公開ややはり違法な村社会は駆逐されるべきという大多数の意見に内部でも 良くないという人たちも増え始めているからでしょう。 なのに大阪の大都市のど真ん中にこのご時世村が残っていた。 周囲は借金に疲弊し少しでも事業仕分けでやりくりしよう、中でも人件費の見 直しが最重要と叫ばれている中、たかだかイスに座っていただけの人間が退職 に2億5千万という破格の金額を持ち逃げしようとしていたのだから穏やかじゃない。 村の言い分はいつも同じ「慣例」「特におかしいと思わない」「妥当」。 しかしそれはあくまで村の中の論理であり、一歩外に出れば非難轟々のシュプ レヒコールが湧き上がるというのに・・・いやいやこやつらはそれを確信して こっそりやり過ごそうとした形跡があるから問題視されている。 こういう連中がいるからこそ悲しいかな村はなくさなければならない。 外部に疎く内部には甘いルール、しかもその礎は公金なのに・・・ そしてそれをどうにかしないといけない与党も村化している。 世間を知らずイエスマンばかりだから消費税10%なんていう言葉が飛び出し、 検察から目をつけられるような人物を党代表戦に擁立するなんていうのは まさに村の中の論理、これじゃあ日本の悪しき村はまだまだ生き残りそう。

taka1346yu at 21:32│ニュース