2012年01月16日

助手席

今日は久々にT市まで行ってきた。 母が亡くなって今年は3回忌になるだろうか。 母の生前、よく頼まれて連れて行ってたところに用事があり、手続きをする ためだったんだけど、ここしばらくは思い出すことがなかったのに当時のこと が急に思い出されてきた。 連れて行ったら駐車場で待ち、その後は彼女の好きな回転すしに行って帰る。 これがルーティン、そして今日は一人だというのを身にしみて感じることになった。 母はくも膜下で一度倒れ、その後13年生きたわけだけど、お医者さんから いつ再発してもおかしくないと言われていたため覚悟が出来ていた。 その点、親友などは母親をガンで失い、それも急転直下ということもあったた め、死を受け入れるのがたいへんだという印象がある。 よれよれのお婆さんが歩いているのを見て「あんなおばちゃんでも生きてるん だもんな、うちの母親の方がよっぽど元気だったのに」と話した時なにも言えなかった。 ところで明日は阪神淡路大震災から17年ということになる。 それまで災害で人が死ぬのは台風が多かったけど、近年では何千人単位での 被害がなかっただけに青天の霹靂だった。 しかし当時の感想として日本全国どれくらいの人が明日はわが身とか、死は いつでも訪れるという気持ちになっただろう。 また自然災害に対してどれくらいの畏怖と対策を考えていただろう。 申し訳ないけど今回の東日本大震災にしても地震発生後と警報後の行動を 見ていると親身に感じていなかった人が見受けられた感がある。 逆にいつでも死を考えていれば自然災害だけじゃなく交通事故、不意の出来事 でさえ慎重になれる。 そういう点から普段の運転でさえ、スピードを出したり、車間距離をあけな かったり、ライトを点灯しないなど不用意な人が多い。 いつ死ぬかもしれないという思いがない人ほど生がだらしない気がする。 おまえは一生懸命生きているのかと問われるかもしれない。 それならオイラはこう答える。 「いつ死んでも悔いはない」 生に執着すれば美味しいものを食べ、モノを欲しがり執着し、名誉を欲する でしょう。でもオイラはどうだっていい・・・ 震災の被害、事故死など日々報道されている。 でも日本では死体が出てこないから近親者の葬式でもない限り死体を見る ことはないでしょう。だから死が遠いのかなと思う。 思い出は悲しいものです。 やはり生きている者同士の会話ほど尊く素晴らしいものはないと思う。 帰路の助手席でいつも母は寝ていた。 あの頃の光景が思い出になってしまったことは美しくもなんでもない。

taka1346yu at 23:13│TrackBack(0)わたくし事 

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