2012年05月26日

村人たち

河本の件が別のところで波紋を呼んでいる。 というのも、彼に対して甘い人間と辛い人間がいるのはわかるんだけど、 甘い方のほとんどが以下のような意見だから。 「彼は良い奴」「病気したこともあって不安だったんだろう」「よってたかっ て弱い者いじめ」「政治家のスタンドプレー、もっと他にすることがあるはず」 「プライバシーの侵害」などいくつか。 確かに言いたいことはある程度わかる。 でも、燃料投下したのは河本だったんじゃないかな、彼がすぐにでも対応して いれば、こんなに大事にはならなかったと思うし、反発も少なかったろう。 オイラが気になったのは政治家に対するもので、もっと他にやることがあるん じゃないのかというもの。しかしこれは天に唾するものだと思う。 どういうことかといえば、一般の何のしがらみも得もない人間からすると政治、 経済、マスコミ、原発、公共事業・・・そして芸能もなんだけど、ずべてが 利権集団の「村」だと感じている。 はっきり言ってすべてのシステムが旧態依然、相互扶助、談合、天下りがあり 村民同士の絆は固い代わりにその他の人たちへは冷たい。 しかも不祥事が起きれば自浄作用が働くところはいいけど、庇いあい、傷を 舐め合い、ときには逆切れ攻撃をする。 そういう村を外野から見ていると滑稽で実にくだらない。 確かに政治家にはたくさんしなければならないことがあるけど、今の政治シス テムの弊害やトップの判断力、決断力のなさで停滞状態なのはみんなが知って ること、悲しいかな良い政治システムへの過渡期だと思う。 今回のナマポや年金なども停滞しているものの一つだっただけで、何かを きっかけに動き出すことは世の中いくらでもある。 亀岡事件では危険運転致死罪の適応、死刑判決による存廃論、福岡では飲酒 問題、大阪では入れ墨・・・いろんなものが起きてから動き出している。 批判するのはけっこうだけど、自分たちはニュースなんかのコメンテーターを していれば、問題だらけで手付かずの世の中が変るためには、しゃあないけど 事後になって始めて問題提起されることくらいわかるはずなのにね。 また河本本人の反省の弁を聞いても多くの人はしらけている。 不安定な生活と言いながら豪遊自慢があったり、母親の件もネタにしてたり、 ツィッターに書いたことや一部では取り上げた週刊誌への恫喝があったとも 言われている。 いくら「友人たち」や「彼が良い人」だという連中が擁護しても、誰がどう 見たってそういうことをする人が誠実な人だとは思わないでしょう。 また逮捕や有罪判決を受けてようやく反省する人も多い。 その段になって「反省してる」ていうのはどうなんだろうね。 以前から同じように不祥事への対応で事前事後に変化があったことがたくさん あり、企業はそうした危機管理も重要視されている。 とはいえ、「村」の連中だけは相変わらずという感じ。 今のご時世で「村」のままというのは、実際の村でもはっきりいっておかしい。 ほとんどは広域合併しないとやっていけない仕組みだからね。 つまりは「村」なんてつぶれればいいんですよ。

taka1346yu at 23:07│TrackBack(0)話題 

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