選挙公示日にいきなり大ニュース!
と思ったら、そうでもないような取り上げ方、ちょっとへん。
首相官邸に車が突っ込んだんですよ。
しかも門じゃなくて建物まで行ったんですから。
責任問題はかなりの・・・はず・・・なのに・・・
ひょっとしたら選挙で警察に貸しを作ってないかな。
野党側から選挙違反が多数出て、与党は何もなかったなんてことがないか、
この先に注目したいと思います。
また突っ込んだ女が精神こう弱なので・・・という理由がもし仮にあったと
したらそれはそれで臭いものに蓋てな感じで嫌だし、打倒小泉のビラがあっ
たというからそのイメージダウンを恐れたのか、などなど興味があったんだ
けどねえ、マスコミもすべてボツ。
一日だけワイドショーがしたくらいでした。
テロリストが目覚めなけりゃいいけどね。
2005年08月
笑顔がないなあ
いよいよ選挙突入。
あれこれいわれてる割にはもう一つの印象。
なんなんだろう?
ない頭で考えてみると、演説の下手さにあるんじゃないかと。
必死なのはよくわかる、が、眉間にしわをよせて汗だくになって語尾を強く
いい、しかも早口でまくしたてると政策や内容よりも・・・ひく、よね。
その点、反小泉からみても、小泉さんはうまい。
笑顔がなにより多いし、言葉に強弱をつけ、うまく区切る。
う~ん、役者が違うなあ。
アメリカの政治家には広告代理店がついてイメージ戦略をしてるのは有名。
ブッシュなんか賜物といわれてる。
日本も確かいくつかはやってる聞いたような気がするけど、現状じゃあやって
ても失敗してるなあ。
イメージの世論、イメージの選挙といわれて批判的だけど、無視してると逆に
痛い目にあうんじゃないかな。
個人的にはいまいち気分が盛り上がらないのですが、さっそく石破茂を見た。
・・・なんか笑えた。(ちなみに隣県の候補です)
主なら頼むよ!
わたしゃペットが大嫌い!
勘違いしてほしくないのは動物は大好きだということ。
ドキュメンタリーや関連番組はよくみるし、小さい頃から図鑑を調べて名前や
生態を知識としてたくわえたものです。
多分、普通の人よりは詳しい自信があります。
けど「飼う」のはどうも性格にあわん。
飼う=自分の所有物。
モノならいいけど、生き物だからね。
どうしても自然のままにしてあげたくなるし、自分のところにきてはたして
幸せかどうかわからないし、自信がない。
いくらかわいくてなあ。
最低でもトイレくらいきちんとしてほしいよ。(^^;)
鼻が敏感なんで動物臭がどうにもこうにも厳しい~
あと自分はかわいいと思っても他人はそう思っていないことも知ってほしい。
というのも、動物には罪がないのに飼い主のやり方で憎らしくなってしまう
場合もあるからね。それじゃペットの方がかわいそう。
人様の嗜好を批判しようと思わないけどかわいがる=何でもOKはちと勘弁!
でも、これって人間の子育てにも似てるよなあ・・・
奥山くんの再放送とブログ
以前NHKのドキュメンタリーで奥山さんという若くしてガン宣告され、
しかも余命がいくばくもないといわれた若者がNETで自分の闘病生活を
記し、例え自分が死んでも自分のことを忘れてほしくないと奮闘する姿を
描いた番組があった。
記憶が正しければジェネレーションジャングルという番組にも自殺がテーマ
のときに出演されていたと思う。
やせ細った姿でも力強く語る彼。
本当に命の灯火が小さくなっているのだろうか不思議に思った。
でも彼は死んだ・・・
死ぬ前の彼を見ていたときは漠然としたものがあったけど、現実に死を迎えた
彼のことを聞いたとき少なからず衝撃を受けた。
「死にたくない」と無様な姿をみせることで、「死にたい」を口にする同年代
の若者へのメッセージ。
死にたいと思わないけど、今のような世の中で生き続けたいという希望をもつ
のは難しい時代になってきたと感じる。
幼い頃はいろんなことで驚き、新鮮なことやしたいことがあったのに、いつし
か年齢と経験をつんだことでそういう気持ちになることは少ない。
マイナスの気持ちを持たずプラス思考でいこう!というのも、少しでも前向き
に考えていなくちゃやってられないという不安がその裏側にある。
私が知ってる元気な人々もノー天気に生きてる人はいない。
みんななにがしらかの不安や不満と闘っている。
それがわかってても、なんとなく自分が一番不幸だと考えてしまいがち・・・
人の死や不幸で、そういう人たちよりも幸せだという考え方はダメだ!と簡単
にいえるけど、でもそういう境遇ながらも闘ってる姿をみると勇気付けられる
もし時間があれば、そんな一人奥山くんの生き様を是非!
走る~
今日は地元でナイター陸上大会。
名前ほど大げさなものじゃなくほとんどは小学生が主体になる。
それでも陸上100メートル日本記録保持者の伊東浩司さんや鳥取中央育英高校
の駅伝メンバー5人が来ていた。
私はというと普段自分がやってるサッカーや野球が体育協会傘下の団体になっ
ているので、そちらからの協力要請でお手伝いをしていた。
つまりは雑用。(^^)
子供たちが一生懸命にやってるから、それなりに真面目にしてるし、少年サッ
カーのメンバーもいるからそれなりに楽しい。
ただ水を差すのが熱血親の厳しい言葉。
「そのままいけ!」「絶対にOOしろ!」・・・その内容は根性論ばかり。
興味深いのは私が知ってる運動が得意な親はそんなに言わないんですよ。
そちらが言うとしたらやはり技術論となる。
あまり運動しない人、更にいえば勝つ見込みのない勝負をしてこなかった人は
負けて学ぶことや根性でどうにもならないことを知らないんじゃないかなあ
としみじみ。
厳しい言葉が飛ぶたびに「子供はがんばってるのにぃ!」
「おたくはここまでやってこなかっただろうに・・・」
と突っ込みたくなってきた。
ま、悪いことばかりじゃなくていいことの方が多いんだけどね。
しかし来年は町村合併でどうなるかわからない。
大きな大会じゃなかいからこその良さが失われるとしたら寂しいな。
あの画面のむこうは?
昨夜の台風は関東に被害をもたらしたというニュース。
しかし関西は台風の気配すらなし。
日本は本当に広い。
島国、小日本とバカにされても住んでる人間には広く感じる。
今は関西にいるけど東京で暮らしていたので東日本方面にたくさんの友達が
いるし、NETの関係でも数多くの知り合いが出来た。
だから、そういう人たちが住んでるとこ、あるいは自分が行ったことのある
場所について親近感があるから、ニュースになると気になる。
そういう人がいない場所、行ったことがない場所は残念ながらピンとこない。
切実に考えるのがいいんだろうけどね。
逆にこんな片田舎にいてニュースになると友達は気にしてくれる。
そういうのは天災ばかりじゃなく、例えばニュースで骨髄バンクの問題や
病気の話題になると、自分が身近でそういう問題に接していると切迫感があり
募金などがあると思わず行動してしまうが、そうじゃないと残念ながら・・・
他人のことなんて気にしないでいるのは楽。
自分のことなんて放っておいてもらえば楽という人もいる。
困っても他人の力に頼りたくないとか、同情はいらないとも。
ただそれは若くて元気がいいときは言えるんですよね。
だんだん自分が弱くなってくるとどうだか。
想像力・創造力を大切にしたい。
いつ自分もどうなるかわからない。
なんとも抽象的なことをいってますけど・・・とどのつまり友達や知り合い
せっかく縁を持った人とのつながりは大事にしておきたいものです。
物質的な援助じゃなくて心配してもらうのも力になりますもん。
なんか災害の映像が流れるとそんなことばかり思ってしまいます。
週末の予定
今日で我が家に遊びに来ていた甥っ子と姪っ子が帰っていきました。
人数が急に減り寂しいものです。
いるときは騒々しくてたいへんなんですけどね。
別れを惜しみながら去っていく様子は本当にかわいいです。
昨日は夏の行事、今日は我が家の。
秋が急に近づいてきました。
今週末は地元で「ナイター陸上」という超ローカルな競技会があります。
誰でも参加できるミニ陸上大会みたいな感じです。
記録もまあ・・・(^^;)
でも毎年、講師というかゲストがやってきます。
今年は先日の世界陸上で解説をしてた伊東浩司さんと奥さんの鈴木弘美さん。
そして駅伝の由良育英高校。
100メートルの日本記録保持者の早く走る方法を講義されるということで興味
があります。
できれば少しでも早く走れるといいな。
私はサッカーの関係で役員として参加。
そう書くとカッコイイようで実は雑用の幅跳び砂ならしと投てき競技の記録員
がいつもの役。まあ気楽にできますから文句はありません。
あと商工会の関係でまた手形を作成します。
とりあえず内容よりも今は天気がよくなることを祈りたいな。
それにしても田舎の楽しみはスポーツなんだなあとしみじみ感じます。
夏の風物詩
地元最後の夏の行事「火祭り」がありました。
例年はそんなに多いと感じない出足、今年は多かったです。
ちょっと意地悪な見方をしますと、どうも最近は参加してもお金がかからない
ようなこと、例えば「花火」「夏祭り」に人が集まってる気がします。
不景気なせいでしょうか。
やってる方はうれしいです。
でも、そういうのが遠因で人手があるとしたら、ちょっと寂しい気がします。
もちろん宣伝や日程の関係もありますから、きちんとしたデータで分析した
わけじゃないんですけどね。
さてさて祭りの内容ですが、街の中心部に川があり、一周200メートルほど
だと思うんですが、そこをぐるりとたいまつを持った人々が並び掛け声を
かけながら子供たちが回します。(最近は人数が少なくなり観光客も参加)
「ジーロンボ、ターロンボ、麦の中のクーロンボ」
というものでジロウボウとタロウボウは天狗を表します。
心の中にある「天狗」的な気持ちを焼き払い謙虚で素直な人間になろうという
祈りを込めるものです。
こう書くと立派ですが、みんな深く考えてやってないように思います。(笑)
私はいつもの消防で警備として参加。
何事もなく終わりました。
そしてこの行事の終わりが本格的な夏の終わりを感じさせてくれます。
子供たちも夏休みの宿題を焼き払いたいと願っていたかもしれませんね。
一応、兵庫の三大奇祭の一つとされています。