少し違った話題のミカタ

注目の話題を中心に少し違う目線で感じたままを語ってます 暖かく広い心でお付き合い下さいm(__)m

2006年12月

今年を振り返るとやっぱ基本は「いじめ」だったよなあ。 学校ではじまり大人社会、この国の仕組みまで、弱い者いじめそんな気がする。 つまりは子供だけの問題じゃないってこと。 おいらはいじめていたことが多かったけど、もちろんそんなだから仲間はずれに されたこともあった。いわゆる性悪として人生の前半を過ごした人間が、そんなこと なくなったきっかけは思い出せないけど一つ心に残ってることがある。 いわゆる弱い子がいた。 彼をいじめるグループがいた。 気まぐれだったかなんかよくわからないけどいじめる奴らを諌めた。 なんてことないことだったと思う。 そんなことも完全に忘れていたある日その助けた子の親と会うことがあって言われた 「うちの子が助けてくれたってうれしそうに言ってた、優しいね、ありがとう」 まあ多感な頃というのはそういう言葉も気恥ずかしいもの、適当にはぐらしながらの ほんの少しの時間だったと思う。 でもそれから考えるようになった。 目の前にいる奴は自分よりも弱い、小さい奴だろう。 でも家族もいれば親戚、友達たくさんの人に囲まれている。 他人から見ればどうだっていい奴かもしれないけど、大事に思ってる人がいる。 それまではケンカが強い、力が強い、運動が出来る、勉強が出来るそんなことだけ が価値観の中心だったのが少しずつ変わっていったように思う。 「いい奴」って言われること、「あいつがいないと面白くない」そんな風に言われ たいと思うようになった。おいらなりの結論は味方を増やし敵を少なくする。 そのためには自分が引かなければならないこと、我慢しなければならないことが 多い。まあ最初はなかなか難しいけど時間が経つと評価してくれる人がぽつぽつと 現れるし、逆に言いたいことを言ったり、感情むき出しでストレス発散するような ことはその場ではよくても後々大損になってしまうこともわかってきた。 計算高いという人もいるだろうけど、計算だけじゃあ無理だね。 そんなのはお見通しすぐにばれる。やっぱ完全に変わらないと・・・ いじめをする人にこう話すとわかってくれる人がいる。 自分が関わる子にはいじめる方にもいじめられる方にもなってもらいたくない。 でも思い返すとある程度の力も必要ですわ。 いじめる奴は計算高いからはむかえない者や弱いとこにいくから。 来たらてめえもただじゃおかないという迫力は確かに必要。 強くそして優しい人間になりたいもの。 ・・・でも、まだまだ注意されてるなあ。 今年もご迷惑をかけました!来年もよろしく!(^^) お互い自分の身近な人にだけでも優しくできる人になりましょう!

フセイン大統領が処刑されたというニュースでびっくり。 この間判決が出たと思ったけど早いねえ、ネットでは現政権やアメリカとの関係に イスラム教のラマダン期間とかいろいろいわれている。 日本も先日4人だったか5人だったかの死刑執行があった。 罪名をみたらまあ死刑が当然というようなのばかりで冤罪とかの可能性もない者を 選んでやっていたように感じた。 ここ最近は死刑判決が多いらしい。 一時期は死刑を回避する風潮だったのが風向きが変わったんでしょう。 ほとんどの原因は自己中心的なもので同情の余地がないものが多い。 なんかヒマつぶすものがないか探していたら「阪神大震災」のものが出てきた。 ひっぱりだして聞いてみたけど、やっぱ生々しい。 つい昨日起きたような錯覚に陥るほど記憶がよみがえってくる。 そして興味深いのはボランティア、助け合いという言葉の数々・・・ この頃は人って捨てたもんじゃないよなと思ってた。 それがここ最近の動きは・・・ 特に公的なものはひどい、そして阪神大震災のときも糾弾している場面を見た。 な~んも進歩なしかいな、目に見えないこういう姿が荒廃する今に至り、いじめや 不祥事そして凶悪犯罪を生み出す殺伐としたものになってる気がしてきた。 ただ他人を非難してばかりもみっともない。 自分はこの一年他人のためのボランティアで何をしたか、できたかを振り返る。 今夜は消防の年末警戒というわけで消防活動、あとは募金とそんな感じかな。 なにもしてないことはないけどちょっと少ない。 まあ急に何かできるわけじゃないけど気持ちだけは持っておかないといざというとき に動けないものだからね。

今年の年末はなにかが違う。 なんつうか紅白の話題も静か、格闘技もって触れたけどなにより年末ならではの 一年を振り返る番組というのが例年に比べ少ない気がする。 だから今年はなにがあったかなあ・・・て思ってもスポーツくらいのもん。 今年は冬季五輪、WBC、ワールドカップと目白押しだった。 プロ野球は新庄ミラクルにサッカーはオシムジャパンが誕生。 すごかったはずなのにありすぎると記憶が薄れるのも早いのかな。 事件、事故、政情もいろいろあったはずなのに特に・・・というとわからない。 なんか一年を通じてあらゆる世界に不祥事があったという印象。 ただこんな風なのは特に良くもなかったけど、特に悪くもなかったということか、 それとも感受性が衰えたのかマンネリ化して鈍感になったのか。 もしそうならちと悲しいものがある。 1999年に世界が滅亡するといわれてもう7年以上経過した。 これでわかるように予言、占いなどというものは絶対に当たらない。 でも予想、予報、予測というのは経験則や歴史検証で知ることが出来る。 おいらは不安を煽る奴が嫌いで、それよりもどうすれば良い方向になるのかを模索 する生き方にあこがれる。 それからいくといろんな問題が噴出してきていることから、これ以上悪くなることも だんだん少なくなっていくんじゃないかな。 いわゆるアンタッチャブル、闇の世界というのが少しずつ暴かれ、それらに食い物に されていたのが徐々に減って行き、正しい世界、当たり前のことさえしていれば それなりに陽の目を見るようになると信じている。 でも心配事がないわけじゃなく環境とか健康とかのように今すぐに効果が現れないよ うようなことは生活習慣病と同じで難しいとも感じている。 いい年だった人はおめでとう! 悪かった人はがんばりましょね!

重要なニュースなんでそのまま引用します。 ネット被害で業界が新指針 インターネット上のプライバシー侵害や名誉棄損について総務省と業界団体は、情報を書き込んだ発信者の同意がなくても被害者に発信者の氏名や住所などを開示する方針を固めた。これまでは発信者が開示を拒否すれば、誰が悪質な情報を流したか被害者側には分からず、泣き寝入りするケースが多かった。業界団体は新たなガイドライン(指針)を年明けに作り、来春から導入する。  02年に施行されたプロバイダー責任制限法はプライバシー侵害など正当な理由があれば、被害者がプロバイダー(接続業者)に対し、書き込みをした発信者の情報開示を求める権利を初めて認めた。しかし、実際の運用では「どのような内容が侵害に当たるか明確な基準がなく、業者側で判断できない」(社団法人テレコムサービス協会)との理由で、発信者の同意が得られなければ事実上、開示できなかった。  このため、業界は総務省とも協力し、同法に基づく自主的な発信者情報開示のためのガイドラインを策定することを決めた。原案によると、他人の氏名や住所、電話番号など個人を特定する情報を掲示板などに勝手に書き込む行為を幅広く「プライバシー侵害」と認定個人を名指しして病歴や前科を公開することも含まれる。  こうした場合にプロバイダーが被害者からの要請を受け、発信者の同意がなくても、その氏名や住所、電話番号、電子メールアドレスなどを開示できるようにする。  一方、名誉棄損については、プロバイダーによる任意の発信者情報開示をあまり広く認めると「政治家や企業経営者らの不正や問題点の内部告発までネット上からしめ出す懸念もある」(業界団体幹部)と判断。これまでの名誉棄損裁判の判例も踏まえ、公共性や公益性、真実性などが認められない個人への誹謗(ひぼう)や中傷に限って自主的な開示の対象とする。  被害者は裁判で発信者情報の開示を求めることが多かったが、悪質な書き込みをした発信者を早急に特定し、損害賠償請求できる可能性も高くなるとみられる。  業界と総務省は一般からの意見も募集したうえで、早ければ来年2月にも導入する方針。

年末になると話題の中心だった「紅白歌合戦」もついに凋落。 出演者の興味などもうまったくないような感じ。 紅白は完全に終わりどきを逸したと思う。 昭和で綺麗に止めておけば伝説の番組として残り、逆にリクエストが起こった可能性 もある。おいらは東西に分けて地域性を出してほしかったと思う。 もしくは歌の種類に特化するかね、演歌・ポップス・フォーク・アニソン・・・ BSなんかでスペシャルをして成功してるんだけどなあ。 男、女にはなんのシンパシーも感じないけど同郷や近所出身だとわかれば今よりも 少しは親近感がわくし「へえ、あの人はあそこの出身なんだ」というのも面白い。 ただこうなると枠の問題が出るかもしれない。 鳥取と大阪だと選ばれやすさが違うもん、でもそこは上手に考える人もいると思う。 ただ今年に関して言えば全体的にヒットした歌というのが感じられない。 なにがあったっけ?そんなんだもん。 歌は時代をうつす鏡なんていわれていたけど2006年印象に残る歌がほとんどない なんてここ数年こんなことなかったんだけどなあ。 それにあるとしても世代を越えたヒットも難しいかな、マツケンサンバみたいなのは なかなかだと思う。 今年の年末はそれまでにビデオを録画して、ゆっくり見ようと思いますわ。 そのためにもここ最近はあんまし見てないです。 風物詩がまた一つ消えていく・・・

昨日はドラマのことについてふれてたんだけど、今日の週刊誌の中に次回のNHK 大河ドラマに柴俊夫夫妻の娘が抜擢されたことについて、同じような境遇の松たか子 とは違い舞台や芝居を経験してない者には・・・と共演者は冷ややかという記事を 読んだ。きっちり基礎を積み上げた人には苦々しいものだろう。 こういうのは下積みもしてないのに抜擢される会社の人事にもよくあること、納得 する人も多いんじゃないだろうか。 まだまだ若輩者ながら下積みもしくは厳しく指導されたり、とにかく人の下であれこ れ指示を受けたことのない人間は人種が違うようにさえ感じる。 他人に気を使い、空気を読み、協調しときには自我を抑え我慢しなければならない ことを経験するのだが、そういう必要がなかった人とそうしてきたもしくは現在も そうしている人とは合わないなあ・・・ 話は戻るけど芝居なんかだと上手のな人は目、仕草がものをいうと思う。 セリフやカットによる編集じゃなくず~とシーンも伸ばせるし、そういう場合の間 なんかもときにはいい描写として感じる。 多分役者の世界ではいろいろ学び自分にあったものを構築し、さらに監督やなんか もいろいろ違う元で指導されることで円熟味を増すと思われる。 だから古参の俳優さんはいいし、名前だけ人気の「タレント」とは完全に差がある。 以前はドラマをみてたのに見なくなったのは「見るに耐えない」その芝居にあった んだというのを最近になって感じた。 やはり上手で話も面白ければ誰が出演していようが見てしまうものですわ。 見てないけど「芋たこなんきん」が人気あるらしいけど、それもまさにそういう理由 何じゃないかなと思う。

面白いテレビ番組がないから偶然つけてたりしたものを少しだけ見て、つまらなかっ たら次々換えていき、それでもダメなら消している。 そんな中最近時代劇を見てしまうことがある。 なめちゃあいかんねえ。 時代劇はしばりが多い、ご存知のようにその時代の設定があるから脚本家としても 難しいと思われるし、俳優さんもちゃらちゃらした現代ドラマならどんな者でも ある程度当てはまると思うが、こちらはそうはいかない。 そんなだから意外に話の展開が面白く、また役者の芝居が上手い。 ほとんどの人が舞台とか映画を経験してるんじゃないかな。 たまに現代ドラマをちらっと流すと話もツマラナイ以上に役者が下手で・・・ 舞台はカットがきかないけどドラマはいくらでもカットそして編集が出来る。 そうなると極端にいえば、おいらだってそこそこの芝居が出来るつうもんでしょう。 でも舞台ならそうはいかないもんね。 そうそう最近特殊効果やCGまでアカデミー賞が設定されてから、そちらばかりが 進化し肝心の映画の内容ががっかりなハリウッド映画、こちらもカットが多い。 話の展開は起承転結で構成されワンパターンになってるけど、たまにヨーロッパ系の 映画を見るとなんとなく違うなあと思うことがある。 それがわからなかったけどある人が教えてくれたのは、ヨーロッパは舞台の芝居風に 映画のカットも考えられているということ。 そういえばよく見ると背景と役者のシーンが長いね。 ハリウッドは役者のアップやシーン展開が速いもん。 こういうのもあって俳優、役者と言われたい芸能人は舞台を目指すんでしょう。 それにしても日本の時代劇はなかなかなもんですわ。 まあ好んで見ることはないと思うけどたまにはいいな。 けっこうNHKのものなんかは登場してる人たちも豪華でまた脚本に前持った知識が ないものほどバイアスがかからなくて楽しめます。 冬の夜長にぜひ・・・

今年のクリマスイブは暖かかった。 思い返しても同じような感じはあまり記憶にない。 雪国なんでけっこうこの時期はかなり寒いか雪になるんだけどな。 おいら的には恒例の一月一日元日スキーを雪があるときにはしている。 これがまた意外にいい雪が降ってることが多くて、また一日から滑ろうという 変わり者も少ないためほんま穴場。 でも今のところでは今年はというか来年になるが無理の可能性大、ちと寂しい。 有名な山下達郎の「雨は夜更け過ぎに~」の曲のようになるとウキウキする。 特に夕方あたりからそんな感じになり、夜になってなんだか静かだなあと窓を あけると一面の銀世界なんていうときは寒さよりもうれしさの方が大きい。 まあ、おいらみたくスキーがしたい人間はそうなんだけど、興味のない人には 地獄の季節になることだろうな。 スキーの方は年々衰えていくけど、楽しみ方には変わりない。 今シーズンはどんな仲間とどんな風に楽しめるだろう。 雪も降ってないのにそんなことを考えるのが今の数少ない楽しみ。

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