2011年03月

2011年03月24日

ありがとう台湾、台湾人大好き!

菓子の専門学校に行ってた頃、仲良くなった台湾人のKさんがいた。 確か二つ年上だったと思う。 2年で同じクラスになり、なぜか良く遊ぶようになった。 すごい金持ちで台湾でもかなりの資産家、確か誘拐が流行った頃で、姪が伯 父と一緒に日本に避難してきたほど一族揃って金持ちであり、政治家、放送 局の幹部、企業家とかなりの権力者だったように記憶している。 Kさん自身も3カ国に工場を持っているのを同窓会報で読んだ。 いつか会いたいけどそんな事情もあり、行くと大歓迎してくれると言ってく れたため、逆に気恥ずかしくなってしまった。もったいないんだけどね。 彼とは本音で話し合えるほどになった。 特に戦争については、「私とあなたは友達になりました、もし台湾と戦争にな ったらどうしますか?」という質問に、「オイラは戦争は絶対にしたくないけ ど、それに抗えるほど強くないと思う。もし戦争になったら、Kさんを殺しに 行くのは友達のオイラだよ」と言うと、かなり大笑いしていたのを思い出す。 台湾もあまり知られてないけど徴兵の国、Kさんも経験していた。 温和でオイラのいたずらにも怒った顔を見せたことがなかった彼が、ある日 真剣に語り始めた。 「なぜ日本人は中国や韓国と仲良くしようとするの?あの国は反日よ!台湾は 親日でほとんどの台湾人は日本人のこと大好き、なのに台湾には知らん振り、 なぜ、なぜなの?・・・」当時国際情勢を知らなかったオイラは、大学時代に ベトナム戦争とカンボジア内戦についてよく調べていたけど、東アジア情勢の ことはほとんど知らず、Kさんの言葉で少しずつ知るようになりました。 まだ左翼が多い時代だったので北朝鮮のことはタブー、中国は遠慮、韓国には 言われるがままの時代でした。そのため批判本は数が少なかったけど、それで もちょくちょく出ていたので、かなりかき集めて読みました。 今の東アジアについての知識が他の人よりリードできたのもKさんのお陰。 オイラも台湾人が心底親日だというのを知ったけど、国自体が中国にべった りなため、メディアもほとんど無視といった感じ。 どうにもならないかなあ・・・と思っていたところに、今回の地震の復興の ための寄付に一番動いてくれたのが台湾でした。 テレビは相変わらず報じないけど、ネットではかなりあちこちに書かれてい ます。それを見るたびに「ありがとう」という気持ちと少しでも多くの日本 人が台湾を好意的に見てくれるようになれば本当にうれしい。 Kさんと最後に別れるときにいわれた言葉が「俺、日本人でおまえが一番 好きだ、おまえと会えて良かった」と言ってくれた事。 もちろん、オイラも同じ言葉を返しました、同じように好きになってくれた 日本人が一人でも多いことを願います!

taka1346yu at 23:48|Permalinkわたくし事 

2011年03月22日

しあわせ運べるように

まだまだ行方不明者もたくさんいますし、原発の問題もまったく解決の見通し もなく、首都圏のをはじめとした停電など問題は山積しています。 しかし生き残った人たちは亡くなった人の分も生きていかなくてはならない でしょう。悲しいときは目一杯泣き、そして・・・ 以下の歌は阪神淡路大震災後に神戸の人たちが勇気付けられた曲です。 ぜひ今回の被災者の方々にも贈りたいと思います。 作詞家の方には失礼ですが神戸をふるさとに変えさせていただきました。 しあわせ運べるように 作詞・作曲 臼井 真 地震にも負けない 強い心をもって 亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう 傷ついたふるさとを元の姿にもどそう 支え合う心と明日への希望を胸に 響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わるふるさとの町に 届けたいわたしたちの歌 しあわせ運べるように 地震にも負けない強い絆をつくり 亡くなった方々のぶんも 毎日を大切に生きてゆこう 傷ついたふるさとを元の姿にもどそう やさしい春の光のような未来を夢み 響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わるふるさとの町に 届けたいわたしたちの歌 しあわせ運べるように 響き渡れぼくたちの歌 生まれ変わるふるさとの町に 届けたいわたしたちの歌 しあわせ運べるように 届けたいわたしたちの歌 しあわせ運べるように Cooley High Harmony~しあわせ運べるように~PV 川嶋あい しあわせ運べるように しあわせ運べるように 次の曲は山口県の豪雨災害後に作られた歌でこちらも素晴らしいです。 豪雨災害チャリティCD製作企画「あの夏の川のうた」特設サイト あの夏の川のうた それにしてもプロ野球は最低やなあ・・・

taka1346yu at 22:39|Permalink話題 

2011年03月21日

ささやかな喜び

ここんとこ厳しいニュースばかりだったし、今週末本当は大阪城リレーマラ ソンに参加する予定が中止になったりと淋しい気持ちの日々でしたが、今日 は我が少年サッカーチーム3年生以下の大会で優勝というほんのささやかな 喜びがありました。 親善試合でしたから公式じゃないとはいえ、他所は地域でも強豪ばかり。 しかも下級生の育成は今後を占う重要なもので、協会からもかなりプッシュ されれているのでなめてかかるチームはほとんどありません。 1試合目は格下の感じがしたんでまず勝てると思いました。 その後、尻上がりに強いチームになっていき、またそれらの試合運びを見て いると、3年生はたった一人という分の悪さに半分諦めていたのに試合にな るとなぜか圧倒! 決してベストというメンバーでもなく、先制点もやられたりしたのにしっかり 全勝したことのうれしさと、今後の彼らをしっかり指導しなければという思い もあらためて感じた一日となりました。 今年の上級生はかなり期待したのに不発、原因はコーチ陣それぞれ言い分が あると思いますが、オイラはディフェンス力不足をあげました。 攻めに比べ守りは地味で忍耐や責任感という技術面とは違う素質も求められる ため、教え方も暗中模索・・・得点力は上がったのに失点のせいで負けたこと もあり、今後はそちらを重点にやっていこうと考えています。 今回の子らも得点能力がかなり高いため、主軸以外の子らが守りを固められれ ば、かなりの強豪となる可能性を感じました。 ただし、そうなると勝つためのサッカーという要素もあるため、つまらなくな ることも考えられます。ホント難しい・・・ でも、もう楽しいサッカーから少しは脱皮しないと! 負けても楽しく、負けても良いところを伸ばそうとしてましたが、勝ちを知る ようになるとやはり次のステップに向かわざるを得ないでしょう。 甥っ子は少年野球ですが貪欲に向上心があり、厳しい言葉にでも逃げません。 そういうのもあってか新人戦でチーム初の地区優勝したとのことでした。 苦しくてもそういう経験をすると辛さから逃げなくなりますからね。 そんなこんなで今日は久々に笑顔の耐えない一日となりました。

taka1346yu at 22:13|Permalinkわたくし事 

2011年03月20日

Fukushima 50

http://news.ameba.jp/20110320-10/ 以下↑の記事より 「Fukushima 50」という名前が、われわれ日本人が知らない間に海外で大き く知られる存在になっているという。 これは、福島原発で残って作業する東京電力や関連作業員たちの呼称だ。 文字通り命がけで戦っている50人のチームに対しての賛辞の報道が、海外メデ ィアでは多く見られる。日本では報じられることがないのは残念な限り。 詳しく知りたい人は、すでにウィキペディアでも、「Fukushima 50」の項目が 作成されているくらいだから、一読してみると良いだろう。 英BBC、米ABC、CBSなどのテレビでは、灯りのない原発施設の中で、 白い防護服を着用して原子炉の爆発を防ぐための作業に従事していると報道さ れている。 まさしく「名もなき英雄」。勇敢な作業員たちに「Fukushima 50」の名前が付 けられ、そう呼ばれている。いつ終わるともわからない戦いが続く英雄たち。 私心を捨てて取り組む姿には、同じ日本人として誇らしい限りだ。 ウィキペディア「Fukushima 50」

taka1346yu at 23:21|Permalink話題 

2011年03月19日

消防団に入ろう!

昨日は久しぶりに神戸に行ってきた。 震災を体験した町とあってさすがに震災は他人事ではないみたい。 心配はもちろん、何が出来るのか、何をしてあげようという話を耳にする。 帰りは深夜になったけど三連休の始まりということでいつもより車が多い。 でも何だか暗い。 こんなに店が閉まってたかなと思いよく見ると表の看板を消していた。 営業はしているけど看板は消すという風に協力していたみたい。 こういうのも他の地域と違いいろいろ災害を体験しているからでしょう。 ところで今回の震災でも消防団に入っている、ボランチィアの経験がある。 そういう人たちの地震前後の行動や対応そして何より落ち着きが少しずつ 話題になってるみたい。 よくテレビの映像でも地震の最中の映像が出るけどさっ机の下に隠れる人、 反対に外に飛び出したり、避難警告が鳴っているのに状況がわからず歩いて どうしたらいいか迷う者やのんびりしている者もいる。 ところが経験者はまず警報に反応し周囲を見渡し、しかも冷静に行動を始め ている。遅い人に声をかけたり、逃げながらも周囲に大声で教えたり、ロー プを探したり、海の方向や火災の向きを考えるなど経験が役立ってるみたい。 オイラも家の火事のときは消火栓の位置を知ってたからそこに動いたり、 119番通報と消火も同時に出来た。こういうとっさの行動は普段からの 訓練だったり知識や経験が本当にものをいう事がよくわかった。 日本全国で消防団に声をかけられる若者は多いと思う。 特に少子高齢化の地方では若い人の加入が切実な問題になってるだろうから、 漏れなく声をかけていると思う。 しかし躊躇する人もまた多い。 オイラも最初はかなり抵抗があった。 近所の先輩に説得され入団したけど、今では多少の知識と経験で火災や災害 にも出ているため、何も知らない人よりは全く違うと思う。 それが自分の地域だけじゃなく旅先や他の地域でも通用する。 もし声をかけられて迷っている人がいたら、地域の防災だけじゃなく自分 自身や家族の身を守るためにも是非入団してほしい。 火事や災害はいつふりかかるかわかりません。 そしてまず第一に守るのは自分、国や行政は二の次というのをよく知っておくべきです。

taka1346yu at 14:03|Permalink話題