2012年01月

2012年01月14日

大阪から変ってほしい

橋下大阪市長の教育改革があちこちで旋風を巻き起こしているのを知らない 人はいないでしょう。特に日の丸と君が代を否定する教師に関しては、自分は 身分を保障されていながら生徒を人質にやりたい放題だという批判がある。 メディアは面白いのか、そういうのはごく少数の過激派が言っていることなの に、自分たちも仲間内だから同じような論調だ。 ネットでは現役の教師たちでさえ狂気の沙汰と言っているのに。 ところで、なぜこんな風に教育が形骸化し理想から離れ、本来学ぶということ は楽しくて人生においてはこれほど素晴らしいことはないというのにどうして 破滅していったのか。 真の教育は一生学び続けるというのがその一つにあるでしょう。 しかし大学入試や就職のための箔付けのようになってしまったため、勉強は いつしか学生だけのものになってしまい社会教育という概念は文化的なものに はあっても学習という点では見受けられません。なぜでしょうか。 今回そのことを分析したコラムがあり、なるほどと思ったので紹介したいと思 います。読後はこの負の連鎖を断ち切る時代にならなければ何も変らないと 感じました。 発端は朝日新聞の社説にあります。 成人の日に―「尾崎豊を知っているか」というもので、その反論にライブドア ブログに「成人式はバカと暇人のもの」 若者に「尾崎豊」を強要するのはや めなさいというのが続きました。 どっちも読んだけど時代遅れというか、どうでもいい感じ。 そしてニューズウェークにあがったのが「尾崎豊の再評価が不要な理由」 オイラが一番感心したものです。 全文はこちら↓ 尾崎豊の再評価が不要な理由 冷泉彰彦 この中で興味深いのが教育カリキュラムとのミスマッチという問題。 教育カリキュラムはせいぜいが「前例を疑わない官僚」や「主任教授の忠実 な弟子である研究者」「代々受け継がれてきた職人的な創造者」などをエリ ートとして養成しつつ、多くの中間層に関しては定型的な労働における効率 を追求する人材育成のプログラムしかなかったのです。 意見を書くとおかしくなるから引用しましょう。 つまり、若者の中には無自覚ではあっても「その先の社会へ」と進むモチベ ーションが高まっていたのに、教育がそれに応えなかったのです。やがて、 ずいぶん後になってから「ゆとりと総合的学習」などという半端なコンセプ トが提出されましたが、基礎訓練を強化した上で抽象的な概念のハンドリン グへ進むのではなく、基礎訓練の劣化を伴いつつ指導者の育成もせずに 「総合」などというのでは破綻するのは当たり前でした。  ちなみに、この「ゆとり」に関して言えば、前思春期には基礎を叩きこん で、思春期から先に抽象概念にチャレンジさせるという定石も外していまし た。実際はその反対だったのです。前思春期に「おままごと」のような「総 合」をやらせておいて、思春期以降は「受験勉強」に戻って定型的な訓練と 規範への盲従を強いるという、まるで人格を成長「させない」ようなプログ ラムになっていた点も厳しく批判されなくてはなりません。  もう1つ、校内暴力の背景にあったのは教員の質の低下でした。80年代 の世相の中では、「利害相反の中でコミュニケーションの仲介をする」とい う当たり前の社会的行動を「忌避する」タイプが多く教員になっていったよ うに思います。バブルの拡大を前にして「ビジネス志向」の若者が企業社会 に飛び込む中で、「そうではない」タイプが教壇を目指したのです。  拝金主義を嫌って本質的な人格育成を担う志があるのならまだ良かったの ですが、利害相反の調整行動を「イヤ」だ「辛い」というタイプを教員にし たのは間違いでした。世代間のカルチャーがどんどん変化する中で、教員に 求められるのも「高度な利害相反の調整能力」であったのです。そのスキル のない教員には、生徒の「変化への衝動」や「権威への疑い」に対処できる はずはありません。  そこで当然の帰結として管理教育が導入されました。管理教育というのは 、強者ゆえに管理に走るのではなく、無能な弱者ゆえに細かな規則などによ る管理でしか学級運営(クラス・マネジメント)ができない、教育のレベル 低下であったのです。原理原則を軸として柔軟な価値判断や現実的な紛争調 整をすることができない無能な教員が、生徒の「変化や破壊の衝動」を圧殺 するという悲劇が繰り返されたのでした。 そして現在は時代が完全に変っています。 日本は20年以上も不況の中であえぎ続けています。 今必要な人材は分析や調査の専門よりも新しいことを創り出す人、そのため にはどうしたら良いか考えること、そして実践できる人を生み出せるかでしょう。 「そういう人は出てこないよ」なんていう考えを起こす時点で、先のコラムに あるような教育システムに毒された人だと感じます。 日本にしても世界にしても国難には必ず素晴らしい人物が登場します。 橋下氏もその中の一人だと思いますが、まだ結果はこれから、そして後に続く 人を生み出すにも今のままでいいのかということになりますよね。 新しいことにはリスクや失敗もともないます。 大阪の改革ではこのことばかりで、「じゃ今のままでいいの」「何も変らなく ていいの」と聞けばそれも良くないという。 結局は責任逃れ、先延ばし・・・こういうことばかりでした。 特に役人の場合はあからさまに嫌がります。 はっきりいって国民のほとんどがもうすでに痛みの真っ最中、残る改革反対派 を一掃し、新しいシステムに変更していかないとまずいでしょう。 今回のコラムではその敵がよくわかったような気がしました。

taka1346yu at 22:52|PermalinkTrackBack(0)ひとりごと 

2012年01月12日

内閣改造前夜

明日内閣改造をするのだという。 まあ問題のある二人は当然としてもオイラが気になるのは法務大臣。 ご存知のように民主党政権になってから死刑執行が完全停滞。 裁判員制度では一般国民も参加し、泣く泣く死刑判決を出している人もいる というのに、司法のトップが執行しないとなると憲法違反クラスの失態じゃ ないかと思うんですけどね。 死刑廃止を論ずるのは別に構わない。 でも、論議も無ければ決定もしてないし、何より死刑廃止を選挙マニュフェス トに掲げていたんだろうか。ホントこの政権はやってほしいことは全くやらな いで、してほしくないことばかりやろうとする。 景気が悪いままだったとしてもそれは前政権にも責任があるから、個人的には 責めようとは思わないけど、公約違反は許しがたい。 今では民主にいるというだけで怒りの矛先が向いてしまう、一蓮托生だからね。 ところで死刑について興味深い話がある。 今メキシコでは麻薬戦争で4万6千人近くの人が亡くなったそうだ。 ただ単に殺されただけじゃなく拷問やリンチのすえ、またネットにもその悲惨 な動画や写真が上がっていてgkbr状態。 そのメキシコは死刑廃止だそうで、凶悪犯が逮捕されても何年か後には出所す るという恐怖が目撃者や被害者の口を閉ざしているのだという。 その連鎖がまた凶悪な犯罪を生む原因になっているのが悲しい。 知っている人ならスウェーデンで起きた大量殺人犯も国の制度では死刑になら ないし、同じような理由で凶悪犯に対し地団駄を踏んでる国が注目されている。 一度廃止したら二度と復活することは無いでしょう。 今回中国人が脱走して騒いでいるけど、中国のように死刑のハードルが低い 国でさえ犯罪を犯す凶悪犯がいる。死刑は犯罪抑止にはならないという意見 もあるけど、そうじゃなくて倫理観が低い者や異常性格者がいるんだと思う。 人が人を殺すとことはよくない、だから国が犯罪者を殺すのもよくないという 理屈が言われるけど、じゃあ殺された人は?しかも無垢の人ならなおさら。 泣き寝入りしろというならこう言いたい、大体死刑廃止論者の多くは中国や 韓国への謝罪を同時に言うことが多い。 ならば彼らに対しても「許せ!」「泣き寝入りしろ!」と同じように言うべ きではないだろうか。そういう姿勢ならオイラも少しはなびくでしょう。 死刑は廃止、中国や韓国には謝罪せよ・・・奇麗事に酔っているとしか思え ない論だと思う。 さあて明日は誰になるんだか注目したい。 ていうか、法務大臣は変るかな?そろそろ死刑をしてくれよな!

taka1346yu at 23:07|PermalinkTrackBack(0)話題 

2012年01月10日

Homare Sawa

前日BSでサッカーの特集が二つあった。 一つは釜本のあたりから最新の日本代表の歴史、もう一つは「ドーハの悲劇は 悲劇ではなかった」というタイトルでオフト監督を追ったもの。 そのどちらも見てホントよくあの不遇の時代からここまで来たもんだと感慨に ふけっていたんだけど、それ以上にたいへんだった日本の女子サッカー界に 素晴らしいプレゼントが贈られた日になりましたね。 特集を見てたら実力があっても時代がまだ来ていなかったり、世界と闘うには 個人技ばかりじゃなく育成システム、協会のあり方、サポーターがまずあり その次に歴史の積み重ねが必要だと説かれていました。 そして花開くには不運や不遇様々な苦労をバネにし、そこから這い上がった者 に神様からご褒美がもらえるんだということがよくわかりました。 澤選手にしてもその道のりはたいへんだったようです。 そんな風に考えていると今回の賞はワールドカップ出場が夢のまた夢だった頃 からずっと支え続け、あきらめなかった日本のサッカー界すべての人たちに 贈られた賞でもあるように感じました。 着実に成長しているし、もっともっと大きな夢を見たい。 そしていつかその夢が実現する日が来ることを願って。 その日にまた今日のことを思い出すでしょう。

taka1346yu at 23:05|PermalinkTrackBack(0)スポーツ 

2012年01月09日

オワコン紋所

昨日のたかじんの委員会を見てたら面白いことを言っていた。 「去年、水戸黄門が終わったけどそれはちょうど日本のGDP2位時代と リンクしてきた。その終焉も同時期なのがなんともいえない」 「また水戸黄門は中央集権の象徴でもあった、地方には悪代官がいてそれを 黄門様つまり中央の良い人が裁くというもの、その時代も終わりつつある」 勧善懲悪といわれた時代劇の数々、思い起こせば暴れん坊将軍、遠山の金さん などトップには良い人がいるけど、それぞれには悪人がいるというパターン。 それが今ではトップも腐り、地方も腐りどうしようもなくなってしまった。 ネットでは橋下氏へのエールがある一方、彼に狙われた組織は「変革」に対し ものすごいアレルギーを露にし、「変えることで疲弊したらどうなる」と一生 懸命抵抗の弁を語っているけど、その論に納得のいくものはゼロ。 誰だって何も変らず楽なのが良い。 商売に例えると人気の一品が売れてくれれば仕入れから加工そして販売まで 何も考えず簡単。でも苦しければ品数を増やしたり、コストカットしたり宣伝 したりといろんな工夫と努力がいる。 時には下げたくない頭を下げ、教えを請うこともある。 一般の世の中はそうして生き残りをかけた闘いをしてきた。そうした人の中に は先日の食べログ騒動のように生き馬の目を抜く連中もいる。 そういう悪とは対照的に簿給で生真面目にやってくれている組織のはずだった 役所がいつしか悪代官並みに変化し、知らぬ間に年貢を着服。 気づけば窮地に追いやられているというのに先のことは知らぬ存ぜぬ。 そりゃあ水戸黄門も人気がなくなるってもんですわ。 権力者に良い人を望むんじゃなくて、みんなが選んだ人にがんばってもらう 時代ですからね。 このまま進んでいてもダメ、何か変えても良くなる保障はない。 しかしやってみなくちゃもう後戻りも出来ない。 明日に希望を持つために印籠よりも違うものに期待しないとね。

taka1346yu at 22:40|PermalinkTrackBack(0)テレビ 

2012年01月08日

一週間早いね

ん~今週は飲み会が多かった。 その反動でかこの先には予定がない。 まあしばらくは胃腸も休めてあげないとね。 そうそう運動不足が続いてます。 でも体調不良もないし、特にしなければならないこともない。 このままじゃダメだと思いながらも寒さに負けてしまう。 今日は久々に快晴だったというのに昨日の飲みすぎで大人しくしてました。 今年も気づけば一週間が過ぎてる。 そろそろ気分を変えて何かをやっていこうと思う! 正月気分も終了! とりあえず体を動かすことで何かが変っていくんちゃうかな。 この連休が過ぎればみんな動き出すことでしょう。 乗り遅れないように・・・

taka1346yu at 23:01|PermalinkTrackBack(0)ひとりごと