少し違った話題のミカタ

注目の話題を中心に少し違う目線で感じたままを語ってます 暖かく広い心でお付き合い下さいm(__)m

2014年03月

笑っていいともがついに終わった。
観てなかったからどうでもしいし、何の思い出も感想もない。 
とはいえ32年間続いたのをどう考えるかはまた別の話で、この番組が
始まった頃はオイラもまだまだ若かったw

時代はバブル、フジテレビはまだまだ三流のテレビ局、だからふざけて
いた印象やいい加減なところがあったのが逆に良かったと思う。
他局はお硬く、世の中も笑いに飢えていたし、笑い飛ばすのも批判や
社会を斜にみる感じで面白かった。

今でこそ親、先生、指導者、上司、先輩・・・と面白い人やユーモアのある
人が人気だけど、一昔前は許されなかった感じだったのをテレビがどん
どん切れ込んでくれ、社会を変えていった先駆けだったと思う。

一般参加番組が全盛で、素人や半プロみたいな人から、いわゆるテレビ
タレントみたいな人たちを生み出す欽ちゃんの時代から、玄人受けしてた
タモリを使うことで徐々にお笑いのプロが席巻するようになりましたね。

前の番組だった「笑ってる場合ですよ」が、お笑いブームで毎日漫才師が
司会だったんだけど、その人たちをさらに操縦できる司会者といった感じ。 
そこにはもう素人が必要とされなくなり、日々の刺激のために募集すること
はあっても基本的にはプロの場になっていきました。

しかしバブルが終わり、阪神大震災のころに、この番組は終わるべきだっ
たというのが個人的感想です。
もう世の中笑ってどうなるって感じじゃなくなってきてたし、 逆にふざけてい
る印象の方が強くなり、シリアスに物事を考える人にさえ笑いを求めるよう
になってしまい嫌になってきました。(先日の安倍総理への爆笑問題の発言)

そのせいで真剣な番組も必ずお笑いタレントが登場し、議論を呼びそうに
なるとバラエティだとしてる逃げる姿勢に辟易した人も多く、ネットの登場
がテレビ離れを加速する結果となりました。

そして東北大震災が起きたここ数年に至っては、笑いよりも感動や感激
するようなこと、真剣にコツコツがんばってること、陽はあたらなくても世の
ため人のためにやってるようなこと、若い人たちのOO離れに象徴される
物事の価値観もずいぶん変わってきたんじゃないでしょうか。

そんな時に笑っていいともの司会で一日何百万単位の収入の話やちょっと
したお笑いでさえ億万長者だらけ、少し前までは芸人は貧乏だと言われて
いたのがいつしか庶民が笑えないほどのお金持ち化に唖然。

確かにテレビに出るような人はサバイバルで生き残っているんだから、才能
とかいろいろあるでしょうが、それと給料のバランスはどうなのかって。
よくスポーツ選手が億稼ぐ話が出るけど、ジャンクスポーツの司会をしてた
浜田なんて、聞きながら笑ってたんじゃないかな、腹の底では。

夢を売る商売ではあるけど、現実離れしてしまうと笑えなくなってしまった。
そもそもテレビの広告収入が高騰すればそれは一般に響く。
彼らが自分の実力だと天狗になるのも無理はないけど、みのもんたのように
バッシングされ、干されればどう表現すればいいんだろうね。

なんか話が脱線し、横道にずいぶんそれてしまいました。
笑っていいともだけが今のような風潮を生み出してきたわけじゃないけど、
少なくともそのひとつであり、今だに続いてたマンネリに苛々していたのは
オイラだけじゃないと思う。

この番組が終わるにつれ、お笑いの御大といわれていた人たちのレギュラー
番組も次々に終わったり、彼らの新番組が数少ないも偶然じゃないでしょう。
タモリも終わったんだから・・・と、この効果は絶大。

悲しい、寂しいという人もいるでしょう。
しかし一生遊んで暮らせるような富を得た人たちのこれからなんて興味もない。
泣いていたのは出演番組が減っていくタレントでしょう。

「笑ってる場合ですよ」から「笑っていいとも」へ。
そして次は「笑ってる場合じゃない」が現実になりつつあり、笑ってた人たちは
もうどこかへ行って下さいっていうのが、日本の現状じゃないかな。 
もちろんお笑いばかりじゃなく、大河の不人気、ジャニタレの視聴率低下など
いろんな方面も似たようなものです。

現実離れから現実を直視し、茶化すことなく真面目な日本がいいな。
つまらないって言うかもしれないけど、もう昔のような堅物も少数派、逆に少し
は真剣になるくらいがいいと思う。 
今の日本でヘラヘラ笑ってる人の方が笑われてしまいますよね。 

ようやく袴田事件に光が差しました。
この事件を知れば知るほど警察・検察・裁判所というのは一体だれの
ため、何のためにあるのか疑問でしたし、こういうのが死刑廃止論の
根拠にもなってしまうため、苛々した人は多かったでしょう。

明らかに冤罪と思えるような内容と、一刻も早くDNA鑑定すれば結末
もはっきりするというのになぜ?
オイラが調べた範囲で、冤罪の多くに時間がかかるのはその当時に
捜査・審判した人たちが定年退職もしくは死去するなど、責任が及ば
なくなるのを待ってるからというのがありました。

いわゆる無謬性というやつで動いているため、過ちを認めないという
歪な構造が、逆に正義じゃなくなっている恐ろしさを感じます。
自分たちの面子、上司が間違っていても言えない、道筋が出来ると
その他のことは無視する、派閥争い・・・クソだな。

硬化した捜査手法が冤罪を生み、真犯人を取り逃がす。
今は変わってきたと信じたいけど、いやいや最近でもいくつもあったし
何よりその反省として取調べの可視化が言われていながら、改善しよ
うという気配すらないことに、あきらめ感いっぱいですね。 

とはいえ、証拠の重要性、自白は信用しないなど状況証拠による判断を
しないとなると、和歌山カレー事件の林被告は無罪といわれています。
(砒素の成分は林家にあったものと一致するというデータはある)

みなさんはどう考えますか。 
そろそろ日本にある性善説にたったいろんなシステムを変えていった方が
いいと思いますね。 

いまやネットはテレビ・新聞・ラジオと肩を並べる、いやいやそれ以上
ともいえる即時性と信頼性を勝ち得たメディアになってきました。
お陰で既存メディアをみる機会が減った人もかなり多いようです。

早いことはうれしいけど正確・真実かはまた別問題で、とりあえず
そういう事件事故があったという事実を受け止めるようにしています。
というのも、情報はソースが肝心ですからね。

誰が発信したものかで後々180度変わることもあり、早い段階で
それらのニュースに振り回されてしまうと収拾がつかなくなります。
例えばネット遠隔操作で係争中の片山氏のように、早々と犯人だと
決め付けるようなコメントをたくさん見ました。

オイラも怪しいとは思ったけど(現に真犯人が声明を出さない)、そこは
はっきりしてから、特にブログなんかには書こうと考えています。
すぐに思いつきでやってしまうと訂正とか、謝罪をしなければならないし、
いくら無責任な立場とはいえ、小さなチリのような意見も集めれば無視
できないくらいのものになるでしょうから。

ネット上ではすぐに正しい・間違い、イエス・ノー、良い・悪い、などをあまり
考えなく脊椎反応のように答えているものが多いと感じます。
オイラはそれをデジタル反応と呼んでいて、ニュースサイトなどの読者
コメントには注視するようになりました。

先日のものとしてはまず小保方さんのSTAP細胞に関する報道でも、すぐ
に「怪しいと思った」などと書き込んでる人がいました。その根拠もまだ
掲載されていない時期だったのに、疑惑があるという報道段階ですぐにそう
した意見を書くのは危険でしょう。

あと元プロ野球選手の清原氏の薬物疑惑なんかでも同じような印象を受け
たし、最近では意図的な心象操作をしようとする安倍首相や橋下市長なん
かへのものはさらに注意深く見るようになりました。

先日ニュースを見ていたら冤罪に関する特集をしていました。
最後の締めくくりの中で、逮捕されたからとはいえ、容疑者の段階なのだか
ら、裁判で結果が出るまで犯人扱いしない方がいいなどと、オイラが物心
ついたころから言ってるようなコメントをしていました。

いやいやそういう話じゃない。
現行犯逮捕があるし、社会的な影響力が大きいようなものでは逮捕に
よって混乱を防ぐ場合もあるし、一概に慎重になれというのではなく、
 もっといえば警察発表ばかりじゃなく、容疑者の言い分も掲載するとか、
それが無理なら「以上が警察の主張です」と付け加えればいいでしょう。
 
特に中韓に対しての報道には慎重に反応したいものです。
こちらはいろんな思惑が見え隠れするもので、デジタル反応はそうした連中
の思う壺にはまってしまう可能性がありますから。
読んで、まず一度飲み込み、それからじっくり考えたいものです。 

やっと体調がよくなってきました。
やはり健康でないと何をするにも気力がわきません。

同じ時期に家族が入院してしまい、ここんとこ書くこともしていませんでした。
それも本日無事退院!
少しずつ復活していけるでしょう。

それにしてもインフルエンザはきつかった。
昔の人が死んでたのもうなずける。
今は栄養がいいですし、室内外のコンディションも整えられますからね。

彼岸も過ぎて暖かくなってきました。
そろそろジョギングも再開しないと! 

ここんとこ家族が入院したりしてて疲れたのか、それとも飲みが続いた
こともあったからなのか、風を引いてしまいました。

と思ったら、友人からの電話でインフルエンザが流行っているとのこと。
確かにのどに来てるし、節々も痛い、寒気も少々。
たぶん微熱もあるでしょう。

しんどくはないけど、やはり不調には違いないです。
食べたり、寝たりしてて普段なら一晩で治るのが三日目。
やっぱインフルエンザかな?

手洗い、うがいで防止してください。
今夜も早寝します・・・ 

いくつかスポーツの指導をしています。
手前味噌ながら、けっこう上手な方だと自負しています。
実際上達する人やアドバイスで激変したり、もちろん言ってくれますしね。

とはいえ、全員が?と聞かれればNOとなってしまいます。
やはりやる気とか、聞く耳を持ってくれないと無理ですから、その気のな
い人にはなんでもそうだけど何を言っても無駄でしょう。

ただ中にはやる気もあり、しっかり聞いてくれるのになぜかダメな人が
たまにいました。どうも、こちらの指導法が合わないみたい。

そもそも人に教えるというのは本当に難しい。 
まず自分がある程度できて見本がみせられるくらいじゃないといけないし、
なぜそうなるのか、そうした方がいいのか理論や理屈が出来上がって
ないと時間がかかるし、簡単なコツやその人に合った教え方など、自分が
出来ると教えられるは別次元のものです。

勉強でもスポーツでも「この人に教えてもらえば早道」という信頼がないと
教えてもらう方も嫌でしょう。
また最新の情報や科学的な実証などより新しいことを学ぶ必要もあります。

前段が長くなってしまいました。
何が言いたいかといえば、なぜ合わないのかの謎についてずっと心に残っ
ていたんです。こちらは一応ある程度は勉強してるし、実際自分の経験と
照らし合わせて大丈夫と思っているけどどうしてもダメ。

そして久々にテレビで実感したのが4スタンス理論でした。
ずっと前に一度見てたんだけど、頭から消えていましたね。
簡単に説明すると体重のかけ方がつま先か、かかとかでAとBに分かれ、
次に体の内側か外側のどちらで踏ん張るかの1と2に分類し、最終的には
A1、A2、B1、B2の4つ運動タイプに分けるというものです。

オイラ自身はつま先、内側のA1タイプでした。
過去のいろんなスポーツの構え、動き、反応を分析するとまさにその通りです。
その視点で考えると他のタイプの人への教え方は同じではないことに気づき
ました。特に基本となる構えが中にはまったく違う場合もありました。

ずっと前の現役に近い頃、バッティングについて教えてほしいといわれ、その
人もかなり打つ方でしたが、話しているうちにオイラはバットを指先で握るけ
ど相手は手のひら、スイングもこっちが左足過重に対し、右足捻転でした。

そのときは何も考えなかったけど、その後も同じように何か少し違うなという
ものが多々ありました。特に思うのが走り方、構え方、力の入れ方など運動の
行方を左右する重要な動きで、A1タイプでしか考えてないとまずいなと。

最近はゴルフの打ち方なんかを自身はいまいちながら教えていて、こちらに
ついても下手したらとんでもないことになってしまいそうです。

逆にこの理論にそって考えると目からウロコもたくさんありました。
自分の打ち方なんかも知らず知らずのうちに正解を導き出しており、それは
けっこう時間がかかりましたから、もっと早く知っていれば・・・と。

ただ今後を考えるとあまり教えないようにしようと思います。
過去数多くの人を見てきましたが、成功した人はみんな自分から調べ、聞き、
耳を傾けようとします。そういう人に4スタンスを自己診断した上でという条件
でやっていこうかなと、こちらも慈善事業じゃありませんから。

もし今悩んでる方がいたら是非4スタンスを実践してほしいです。
何にしてもとりあえずやってみるという気持ちが一番! 

昨日は神戸ユニバーリレーマラソン2014に参加してきました。
オイラを含め4人で走りましたが、体調不良を考慮してくれて1.8キロを
2周したのみ、あとの21週を3人が分担してくれました。

1.8キロ×7週の12.6キロを彼らが走ってくれたわけです。
本当に申し訳ない気持ちと、さすがフルマラソンの常連だけあって、その
距離をものともしないマインドに脱帽でした。

そんな状況での順位は真ん中よりも少し後。
多くのチームが平均6人くらいで参加してたので、かなりの好結果だと思います。
もう少し練習できてたらよかったけど・・・あとスキーの疲れがかなり
残っていたことも不調の要因でした。

終了後はみんなが大好きな神戸サウナに泊まり、夜はささやかな打ち上げ。
やはり気のあう仲間との飲みはなんとも言えないし、共通の運動をした
後はさらに盛り上がります。

そうそうサウナではマッサージをしてもらいました。
すると「どうしたんですか、腰がガンガンにこってましたよ」と。
スキーの指導をしてたことと走った話で納得はしてくれたものの、それでも
異常な状態だったようで、かなり力が要ったんだと思われます。
 
お陰で今まで蓄積されていた疲れが100%から30%くらいになりました。
今後はストレッチを続けていけば正常に戻っていくでしょう。
運動するのはいいけど、こうした体調を整えることも大切ですね。 

今日の帰宅はゆったりのんびり。
途中スポーツショップや三田プレミアウムアウトレットなどにも寄り道し、
かなり心身ともにストレス解消が出来たと思います。
こういうのが次への活力になりますから無駄ではないでしょう!

そうそう昨日は丹波篠山でもマラソン大会が行われていており、
多くの人が気分転換された休日になったんじゃないかな。
とはいえ、風はまだまだ冷たく、春はもう少し先になりそうな空模様でした。 

img_0
 

今日はオイラの誕生日、しかしこの年になるとうれしくもなんともない。
おめでとうなんて言われると嫌なので人様の誕生日も祝わない。
いつからそういう感情になったんだろう。
それすら思い出せないくらいいい年になった。

ところで今日は韓国で三・一運動とかいって特別な日にしている。
内容はまあ日本人にはどうでもいいだろう。
もう彼らには呆れて何も言う気もないし、関わりたくもなくなった。
なぜこうなってしまったのか残念で仕方ない。

オイラはどちらかといえば好きな方で、4回も訪韓している。
最初は1997年11月1日のW杯最終予選を見に行った。
当時は発展途上の印象が強くで円が強くウォンで払おうとする嫌がら
れたし、食べ物屋ではあからさまに別の場所に案内された。
それでもぼられるということもなかった。

試合は日本の天王山となったもので、これが決定打となり、後に
有名になったジョホールバルにつながる。
韓国に勝ったお陰もあったが、試合後街に繰り出すと日本代表ユニ
でいると「おめでとう」をたくさんいわれた。
サッカーが雪解けを運んでくれた・・・その生き証人を体感した。

二度目も日韓戦で親善試合で2002年だったと思う。
この頃から韓国ブームが始まり、三度目四度目の頃には韓流ブーム
といわれた頃で、ソウルにはたくさんの日本人がいたし、何より渡航中
に腹が立ったり、失礼だと思うようなことは一度もなかった。

ただ最後の訪韓時はノムヒョン政権下で、この頃からなんとなく雰囲気
が変わるのを感じていました。街で「もうウォンは円よりも強い」といわれ
日本人に追いついた、いよいよ追い越すんだという感じかな。
それでも攻撃的ではなく友好的な印象の方が上回っていたように思う。

オイラのような友好的な日本人はけっこう多かったでしょう。
もちろん特に、別にという無関心派もいました。
おおむね良好だった関係は「ごり押し」と言われだした頃からかな。

ネットの台頭でテレビをはじめとする大手メディアの流行戦略に陰りが
見えはじめ、それらの裏側に焦点が当てられるようになり、またテレビ
なんかだと記録として残し、流布しにくかったのが、ネットには検証として
多くの証拠があげられるようになってきました。

また今までは耳にしなかった韓国からの反日情報も同じく次々に写真や
報道が上がっていきます。それまでは日本同様にメディアが腐っている
とみていた人々も、韓国の一般人の思いや反日教育の一端を見せ付け
られ徐々に変わっていったんじゃないでしょうか。

日本では長年教育とメディアで自虐史観と呼ばれるものが、普通に流れて
いたけど、それでも多くの日本人は天皇陛下が好きだし、愛国心もあるし
自慢するほどじゃないけど世界から信頼され、実際オイラも諸外国を旅行
したさいは、多くの外国人から好意的に扱ってもらいました。

それが手のひらを返したようにやられた印象があるのが韓国でしょう。
なぜ?今になって?
じゃああの頃、笑顔で我々を出迎えてくれた顔の下では鬼のような形相で
見つめていたのか?そう考えると嫌になってしまう。 

ある分析では以前の韓国に対してはまだまだ遅れた国ということで、日本も
引け目を感じていた部分があった。それが急発展し、韓流ブームなどもあり
良かったと思っていたら、歴史認識がどうの、領土がどうの言い出した。

なぜ早く言わない。当事者や知ってる者もほとんどいなくなった後出しジャン
ケン状態に戸惑うばかり、それが通用するなら法律や国際ルールなんて
どうでもよくなってしまう。
いくら日本人の公的意識が欠如したとはいえ、そうした連中が二言目にいう
のは「そんな法律どこにある」っていう言葉で、順法意識はあるんだから。

まるでやくざかチンピラとかというようないちゃもん、最低でも過去に行った
補助や共済、協力に感謝の言葉でもあれば救われるがそれすらない。
李明博の竹島上陸と陛下への侮辱発言に腹が立ったけど、それは彼が
レイムダックだったから我慢も出来た。

しかし決定打は政権についたばかりの現パク大統領が千年不変宣言をした
ことで、これはもう許せないし、完全に頭にきた。
いつまで日本国民を侮辱し、日本を貶め、そのくせ日本にたかるんだろうと!
まだ断絶宣言してくれた方がありがたいくらい。

ネットではいまだ売国メディアが火消しに必死なようだけど、オイラも周囲の
人々にも広がった炎は簡単には消せないでしょう。
最近ではアメリカが苛ついて双方に歩み寄りをといってるけど、そもそも
米国内での有様や対中姿勢など「おまいう」状態。
サヨはアメリカを怒らせたと騒ぐが、普段はアメポチというくせにクソだな。 
もう謝っても許せないし、必要ないよ。

面白いのは中国がかなり変わってきてるわ。
やっぱ国内の反日もそろそろ限界みたいだしね。
第二次世界大戦の被害よりも文革や天安門の方が、被害者は切実だという
意見が出始めているから、もう少しでこちらは何かあると思うな。

さてさてウクライナ情勢に北朝鮮の状態、今後もますます混迷。
日本も中国も徐々に変わりつつある中、反日なんていうことしか頭にない人
たちのことなんてどうだってよくなってきた。
本来はここにいろいろ書くタイプなんだけど、あまり触れないのも心底嫌だから。
構うくらいの状態の方がましで、もう無視に入ってしまったからね。
とりあえず今回で最後のけんかん文章にしたいと思います。 

このページのトップヘ