2015年05月

2015年05月18日

弁当で思い出した

弁当に関していろんな意見があがってます。
キャラ弁はこねくりまわして気持ち悪いとタレントが発言したとか、最近は
他人のにぎったおにぎりが食べられない、弁当で母親同士のいじめなど・・・
これらを読んでてオイラもずっと昔の悲しい記憶がよみがえりました。

我が家は自営業で商売しているので忙しかった。
妹が自分でも弁当を作れるようになってきた頃にはずい分余裕もできた
ろうけど、一時は本当に大変だったと思う。

常々思うんだけど、親は子供に苦労をさせたくないという人がいるけど
それは違う。大変なんだ、自分たちも協力しなければ!そういう家庭の
方が上手くいっていると感じる。

うちでも早々と家事の手伝いをしたり、仕事も手伝ったりしてて、感謝の
気持ちが育まれた気がするけど、その反対に苦労をかけてると安易に
お金をあげたり、甘やかしている家庭の方が子供はどんどん増長した
のを目の当たりにしてきました。
自営業の家はわがままとあからさまにいう人もいましたしね。

うちでは何かほしいとか買ってくれとせがむと、母親に「お父さんの働く姿
をみて言えるか」といわれたものです。従業員さんは時間で帰るけど、残り
の仕事を遅くまでやってましたから。
素直な人間かといえばそうでもないし、親孝行ができてるかといえば何も
言えないけど、それでも普通の家庭並みに我慢できたのもそれです。

そんな感じだったから、弁当もあまり負担をかけたくなかった。
前の日の晩御飯のおかずとゴハンでよかったし、ある時はチャーハンだけを
つめてもらったりしてた。それを見た同級生が自分の母親に話し、それを
手抜きだと言った時は頭にきたなあ・・・

子供に愛情云々で、仕事で忙しくても弁当を作る人もいるでしょう、それは
それで否定しない。でもこちらは少しでも親に休んでほしかった、無理させ
て体調不良にさせてイライラさせても何もよくない。
お互いが気遣えばその方が丸く収まる。

何より家庭事情は様々だから、できるできないから、経済的なことや時間的
な問題と同じ家庭は一つとしてありえないものです。
それでも作ってくれるときはちゃんと作ってくれたし、ありがとうと弁当箱を
洗うことくらいはやるようにしてました。

後年、母親がくも膜下で倒れた後、料理が下手になり、病気のせいで焦が
したり、ひどいときは調味料の量を間違えたりもしました。
そうなると母親の手料理は下手だったという記憶が上書きされ、それを
親戚のおばに話したら、「何いってるのお姉ちゃんは料理上手かったよ」て
反論され、そういえば思い出すと・・・という反省をしたものです。

病気療養後は自分が母親と一緒に料理を手伝っていたので、完全に近い
くらいコピーでき、亡くなった今でも同じようなものが作れますが、完全とは
いかずたまに妹が帰省して作ってくると思い出すものもありますね。

うちはそういう風な歴史がありました。
誰の家にもたくさんの家庭料理の思い出があることでしょう。
そして誰もが我が家が一番だと・・・それでいいじゃないですか、他の家の
ことはどうだっていいんですよ。

うまいまずいを大声でいうことも下品だと思ってます。
自分が不味いと思っても美味しいと思う人もいる。
心の中にそっとしまっておくのが大人だと思いますね。

下手になった母親の料理でも、他人の家のものよりは美味しかった。
そんなものです。
運動会のときや弁当なんかも写真が残っていたらなあって・・・
誕生日にはハンバーグを作ってもらい、ちらし寿司が美味しかったし、
スキーなんかで体が冷え込んだと思えば温かいもの、そして旬になれば
それぞれのものを用意してくれていました。

料理の基本は相手が喜ぶシチュエーション。
だからこそオイラ自身も家族の大好きだった料理を知っています。
6月2日の命日は何か作ってあげようかな・・・w 

taka1346yu at 23:53|Permalinkひとりごと 

2015年05月17日

都構想終了

大阪都構想の住民投票が終わりましたね。
結果は反対が少し多く、0.8ポイントの1万票差。

大阪の住民じゃないんで無関係とはいえ、近畿圏にいる人間としては
その最大都市の行政の今後なので大いに注目していました。
気持ち的には二重行政解消をしてほしかったんですけど・・・

でもまず第一に思ったのが、大阪都という名前を何とかできなかったのか。
アンチ東京としての大阪を考えると、首都でもなく天皇陛下所在地でもない
のに、なぜ「都」とつけるのかその違和感は半端ない。

東京都の行政システムと比べたかったのか知らないけど、ネーミングは
大切だと思うし、間に合わないのならせめて(仮称)とつければいいのに。
この部分の影響がなかったとはいえないでしょう。

あと橋下市長は多方面にケンカを売りすぎたと思う。
本来は行政とか旧来の政党を主にすればいいものを建物の無駄では
伝統芸能の人たちや関西のお笑い芸人たち。

学校関係でも教師だけじゃなく生徒を敵にまわすようなことや、今回一番
影響した年配の人たち、また保育園や幼稚園などは若い家庭に、区の
合併ではあそことは嫌だという住民・・・ん~多方面w

そして政治的にも慰安婦問題で左派を敵にまわしたかと思えば、在特会
では保守層を敵にまわす結果となりました。
この頃にはオイラもこの人のスタンスはどこにあるんだろうかと。

日本維新にしても数の論理は重要とばかりに民主党と協調したり、一時は
小沢一郎氏とも近づいたことがありましたよね。
こうなると応援したい部分と警戒する部分が交錯し、今回反対派に自民
公明民主共産が一緒になったようなのとまったく似た維新橋下のイメージ。
まさに魑魅魍魎・・・

ネットの声で全方位から疑問の声があがり、そうやって迷わせ悩ませた
結果が今回の僅差に影響してしまったのだと思う。
それでももともとの地盤・看板・かばんがないことを考えるとモンスター!
何より一番痛かったのは彼を政界に導いたたかじん氏の死去でしょう。

さてさて都構想は頓挫したのでもう仕方ない話。
大阪が沈没するのか、それとも這い上がるのか今後に注目です。

一つだけ言いたいのがメディア。
今回ほとんどが反橋下でした。
本当に彼を叩きたかったのかネタとしてなのかは不明。
しかし彼の政界引退で一番大打撃なのがローカル新聞とテレビ局でしょう。

ぶら下がりではずっと質問に答え、時には問題を起こしてネタを提供。
自分たちは叩けばいいんだから簡単。
しかしもう潔く辞めるという言葉、こちらはすごく立派だけど、質問するマス
コミ連中の引き戻そうとする態度はなに?

驚いたのが、このまま辞めたらあなたを慕う人たちが可哀想だって。
おいおいもしそうしたら、叩くのはあなたたちじゃないのw
質問内容も「今のお気持ちは?」みたいのばっかで、本当に具体的に何も
聞けないような記者の資質にニコ生では文句が飛びまくってます。 

たぶんネタがほしいメディアの橋下待望論のキャンペーンがあるでしょう。
これについては確かだと!

あと憲法改正にかなりの影響を与えたと思う。
維新が自民に協力するという話もそうだけど、さらに住民投票というかその
時にある国民投票でどうすれば憲法改正反対にもっていけるかというノウ
ハウがそうした人たちにいったでしょう。
そういう意味でも今回の選挙に注目してたから複雑な気持ちです。 

大阪はまた元通りになってしまうのか、それともさらに酷くなるのか。
外野からはただただ無音の風が通り過ぎるだけです。 

taka1346yu at 23:51|Permalinkニュース 

2015年05月14日

両成敗で考える

集団的自衛権の安保法制が着々と進んでいるようです。
こうなると反対派があれこれと阻止しようとするのですが、一昔前と違い
どうも盛り上がらない。なぜ彼らの主張は心に響かないのか・・・

日本国民のほとんどが戦争反対でしょ。
いやそもそも賛成している人はいるんだろうか。
反対論者は今回のような法改正する安倍首相をはじめとした内閣及び
与党を戦争がしたいと声高に叫びます。
また彼らに賛成する人たちも戦争賛美者であると。

そもそも戦争するっていうことはどういうことか考えているのか疑問。
というのも過去の戦争を調べ、なぜ起こったかといえば100%メリットのためで、
犠牲があっても利益が優ると考えるからでしょう。
そうじゃないのに突き進むのは独裁政権しかありません。

ただし相手側に関していえば、巻き込まれてしまったということもあります。
それでも巻き込まれてしまうほど弱いか、憎まれているか、利益があるか。

そう考えて日本をみるとどうでしょう。
日本は平和で安心安全で自由な国、これ以上権益を増やしたいという
野望を持った国民の意見は聞いたこともありません。
諸外国とともに平和を望むのが天皇陛下を筆頭に日本人の願いです。

反対派が唱える戦争がしたい、徴兵制を復活、独裁政権というスローガンが
空しく感じるのは、論理的な思考と検証そして討論がないからというのが
個人的意見です。もうおわかりのように戦争はしたくなくても巻き込まれる
可能性があるもの、少しでも相手方に手を出せば痛い目にあうぞ!くらいの
けん制は必要ですからね。

反論のルール―相手の主張を歪めてはならない (ダミー論証)というのが
ディスカッションにおけるルール&テクニックとされているようです。 

ダミー論証とは、詭弁の一種で、相手が主張していないことを自分の都合
の良いように表現しなおし、さも主張しているかのように取り上げ論破する
ことで、相手の主張を論破したかのように見せかける手法。
別名「わら人形論法」、「架空の論法」、「ストローマン」とも呼ばれます。

ダミー論証は、「Aである」とする主張に対して「Bではない」と述べる形式
の誤りで、論理的でない人は無意識にダミー論証を行うのだとか。
 
(例 Wikipediaより引用。)
A氏 「私は子どもが道路で遊ぶのは危険だと思う。」 
B氏 「そうは思わない、子どもが外で遊ぶのは良いことだ。
    A氏は子どもを一日中家に閉じ込めておけというが、果たしてそれは
    正しい子育てなのだろうか。」

A氏は子供を家に閉じ込めておけとは言っていません。
B氏は架空の主張に対して反論しています。
 
ダミー論証が使われやすいのはAとBがその場で議論を展開しているとき
ではなく、Aがその場にいないときに、BがAの意見をみなに紹介して、
それから反論する場合です。
Bは「Aはこんなことを言っていた・・・」と説明しますが、そのときにBにとって
都合の良い歪みが加えられることがあります。

 
大事なこと: 存在しない情報を想像して補完してはならない。
このように紹介されているもので、完全に戦争反対・9条護憲の論に似ています。

オイラ自身が考える戦争への道は、日本人は自分から狙わないとはいえ
狙う側がどうなのかということを考えます。
まず可能性があるのは中国とロシアになります。
特に中国は現在進行形で領土拡大してるし、ロシアは旧ソビエト領の奪還
という感じと解釈すればいいでしょうか。

一時の中国は脅威も少なく、そういうことから沖縄から米軍基地は必要ないと
おもうくらいのところまできていました。
それが今のようになってしまったのはどういうことでしょう。
日本のように選挙があり、意見も賛成反対双方あり、何よりはっきりNOといって
国に逮捕されない国と正反対の国、どっちがどうなんだか・・・

日本人は義とか理で動きます。
もし仮に日本で戦争する方向に動くとすれば、それは自分たちの身内がやら
れたときとか、被害を受けたときでしょう。
それに対して中国人とか北朝鮮・韓国人のもつ性質は自分たちが強ければ
好きにしてもいいでそれこそが力による現状変更の考えです。

日本が過去の戦争でよく聞かれるのは本土への戦禍を一日でも遅らせると
か、本土の家族が一日でも長く生きられるようにというものでした。
滅私奉公といわれるように自己犠牲の精神やそのための一致団結は凄ま
じいと思うほど強固なものでした。

ずっと前に台湾人と韓国人と話したとき、今でも日本人に対して持つ恐怖感
というのがあって、いざとなると日本人はそのように豹変するということでした。
国を守る気持ちがありますか?愛国心はありますか?このような質問でNO
と答える日本人、最下位といわれているけどはたして?

中国とか朝鮮半島では負けるとなるとあまり抵抗していません。
その反対に勝てると思う相手には残虐非道な仕打ちを行っています。
日本兵は規律と性格上そのようにしていないにも関わらず、彼らは自分たち
もするから日本兵もという理由でリンチのような話をでっち上げました。
そうやっていろいろ分析すると東アジアでも国民性がまったく違うということ。

日本以外の国は日本を恐れ、軍拡させないようにし、自分たちが強くなければ
と考えているけど、相手によって行動する日本人の考えではその脅威こそが
逆に不安感に拍車をかけていることに気づいてないようです。

だから日本の戦争反対論者に言いたいのは、まず相手側にも何か言えと!
中国や北朝鮮には何も言わない。
そのくせ日本政府と与党への攻撃ばかり、そんなことばかりなので中国から
工作を受けているんじゃないかと言われても仕方ないでしょう。
いや実際そう思えるレベルの話が沖縄では進行しています。 

韓国にしても行き過ぎた反日のせいで、親韓と呼ばれる人たちもさじを投げ出
し始めました。お互い不幸な時代があったね、でももうそういうことはなしに
協力し合ってがんばろう!っていう方向なら文句なし。
被害にも遭ってない世代が日本が悪いって一体なに?って話。

戦い殺しあったアメリカとは握手していて、中国や韓国と出来ないのは完全に
外交カードであり、先にも書いたように強ければ何をしてもいいという民族性が
そうさせているのではないのでしょうか。折れない相手に日本が折れるとでも?

そんな両国の国力が徐々に弱っています。
だから性急な結論は必要なくなってきたとはいえ、準備をすることが抑止力に
なるという両国への牽制もはっきりしています。

とはいえ現時点の安保法制を見るけど乱暴な印象もありますね。
素人目にも危うい感じ、だからもう少し見続けていこうと思います。
戦後日本の変わり目、ただ絶対に戦争しないためにも・・・ 


taka1346yu at 22:55|Permalinkひとりごと 

2015年05月12日

無意味な二元論

ネットには様々議論が上がっていて、面白いものもあるんだけど、ほと
んどが意味のないというか不毛なもにに感じています。

というのも物事は〇かXか、白か黒かでもいいけどイエス・ノーで答えら
れるのかどうか疑問なものばかり、ただ今回の都構想住民投票のように
決着をつけなければならないものもあるけど、TPOによって決まってしま
うものの方が多いんじゃないかと。

今の話題としてはメモか、それとも写メかというものなんだけど、はっきり
いってどっちでもいい。いろいろ読むとステレオタイプに話を持っていく
傾向があってメモが大事はアナログおやじ、写メの方は若者ゆとりという
ような感じで、そもそもの決着はまったく見られませんでした。

間違いなく記録するには写メでしょう。
ただ相手に失礼に当たる場合は、すぐに写真を撮るのはNGだし、状況を
判断してやればいいこと。ただしネット流出の危険は重々覚えておいた
ほうがいいでしょう。

メモにしても一生懸命やるのはいいけど、書くことに没頭してしまうとミスを
併発することもあるでしょう。ただ相手の話を聞きながらメモをすると、なか
なかやる気があると思わせることもあります。
こちらについては好印象をもたせるやり方でもあると考えますね。

オイラ自身の結論は両方すればいい。
性格的にいい加減なところもあり、適当に嫌がられず、時に好印象を与えら
れるのならそれが一番ではないでしょうか。
それは良い加減でもあると!

逆に何でも絶対と主張する、いわゆるべき論のようなのは好きじゃないですね。
ほとんどのことにそれぞれの言い分、長所・短所があるんだけど、いろんな
環境、体験を通じて得られるような善し悪しの議論は、そうした状況を知った
上で話をするのなら意味もあるけど、まったくわからない相手とするのは
無意味というより危険なこともあります。

ある宗教勧誘をしていた友人から聞きました。
どんな話題でもいいからまず議論をする。
例えば結果は成功するんだけど、その過程として苦労した方がいいのか、
すんなり進めた方がいいのかどっち?と聞くんだそうです。

そして相手がどちらにせよ、必ず反対の方で意見する。
苦労した方がいいといえば、同じ成功するならコストも労力もかからない方が
いいんじゃないの?すんなりといえば、やはり苦労したからこそ得られるもの
それがかけがえのないものであればどう?みたいな感じ。

負かすほどやってしまうのはダメだけど、思考がごちゃごちゃになるようにと
にかく話をするのだという。
質問についても似たようなものを用意し、次から次に。
議論が好きな人ほどはまっていくというから、賢い人ほど洗脳されるという
のもわかるいような気がしませんか?

そんなことを知ってか知らずか、オイラが対応したのが「どうでもいい」
とにかくどっちでもいい、くだらない、時間の無駄、結論はいらない・・・と。
これには歴戦のつわもの達をほとんど退けることが出来ましたw

そういう過去の経験からも、ネットで議論をふっかける連中の中には、そうした
手法知る残党がわざとやってるんじゃないかとうがった見方もしています。
またシンパシーを与え、仲よくしていくというアプローチもあるますからね。
ネットの議論はそうした面もあると考えた上でウォッチするといいかな。
 
質問攻めする人間の多くには、相手をやり込めるための戦術としていることも
あります。自分は確実な答えを知った上でする。
相手が知らないとバカにし、優位に立つようにする卑怯なやり方ですよ。
とはいえ、その土俵に乗らないのが一番の対処法、バカにされてもどうでも
いい、自分は自分、他人は他人、余計なプライドなんて捨てましょう!

もうみんな十分知っていますから。
世の中はあいまいだからこそ面白い!
みんなが同じような方向に統一されてしまうと・・・面白くないし怖いよね。
十人十色だから楽しい! 

taka1346yu at 18:20|Permalink

2015年05月11日

神戸森林植物園クロスカントリー

この週末はまたまたリレーマラソンに参加してきました。
神戸森林植物園クロスカントリーというもので、個人的にはそんなに多く
ない人が参加してると思ったら、いやいや失礼!
たくさんの人たちでにぎわっていて驚きました。

 1周1622.9mの周回コース(ハーフは13周、フルリレーは26周)で自分
たちはフルリレーに参加、ただしオイラは1周w
ここんとこ全然走ってないのと、前回の登山で右足に靴擦れを起こした
ので無理をしたくないと仲間に頼みました。

春の日差しのなか、心地いい気温と湿度そして風。
みんなが一生懸命走っているというのにうたた寝してしまいました。
自分以外はみんな本当に走る人たちなんでいいでしょうw
どちらかといえばフルマラソンのための練習という意味合いもあったので
大目に見てもらえたと勝手に思ってます。

終了後はいつもの神戸サウナへ!
ここで汗を流し、打ち上げに行くと最高です。
今回は2回行ってお気に入りになったダイニングバーと二次会は初めて
イタリアンのお店に行ってきました。

若い人たちが多いとどうしても飲み食べ放題プランに行かないとヤバイ
んだけどみんないい中年なんでw
節度ある量の食事と飲みで満足できるため、高級感あるお店を選びました。

そこそこにまたサウナに戻り、ゆっくりした時間を過ごしました。
全身の疲れをマッサージしてもらい、お陰でぐっすり眠れましたね。
これで予定ではみんなと行くリレーマラソンは8月最終までありません。

それまではそれぞれがフルマラソンに参加し、オイラはゴルフに精を出す
ことになるでしょうw
次回も神戸なのでまた同じような感じになるけど、参加人数が増えそうです。

それにしても使った費用はほんのわずか。
これだけで十分に楽しめる自分たちがおかしいというか、なかなかというか。
若い人たちがあまりお金をかけずに楽しむというのを聞きますが、我々も
けっこうやってるほうでしょう。

今後しばらくは総会、イベントなどに忙殺されますが、その前に気分転換
できる素晴らしい一日なったことがうれしいです。

いい年してよくやるわ~ヒマでいいねえっていわれたら・・・
古いけどブルーハーツの1000のバイオリン 

ヒマラヤほどの消しゴムひとつ
楽しいことをたくさんしたい
ミサイルほどのペンを片手に
おもしろい事をたくさんしたい

誰かに金を貸してた気がする
そんなことはもうどうでもいいのだ
思い出は熱いトタン屋根の上
アイスクリームみたいに溶けてった

こういう信条!
後悔したくないし、やれるときにやっておきたい。
20歳のときに今みたいに楽しめると思わなかった。
先はそれなりに何とかなるものでしょう! 
それよりいつどうなるかわからないからこそ・・・ 


taka1346yu at 23:24|Permalinkわたくし事