人間観察

2017年10月06日

個人的人間のミカタ

仲間たちとの会話で安易に盛り上がるのが誰かの悪口大会。

誰しもが経験あると思うけど、こればかりやってると人間不信になる
可能性も高い。どういうことかといえば、自分がいないところでこの
人たちは自分のことをどう言ってるんだろうって疑心暗鬼になる。

ある人なんかは極力トイレに行きたがらなかった。
理由を聞くと、トイレに行ってる間に自分の悪口を言われないか不安
なのだという。それを聞いて複雑な気持ちになったものです。

飲み会は楽しいものであり、ハメもはずすけど遺恨さえ残さなければ
ぎりぎりセーフかなw
まあいろいろあると思うけど、悪口に終始するのは大嫌い。

こういうのは仲があまりよくない人たちが、そういう共通の敵を作ること
や他人をネタに笑い話にしていて、自分を高められるような集団ではない
でしょう。そういう場にいると魂が腐ると言っています。

そしてこれが国家レベルになっているのが韓国の反日であり、日本国内では
反安倍に凝り固まっている人たちで、そういう人たちをみてどう思うかとい
うことなんですよね。

韓国では政府への不信、経済の悪化、国民のモラル低下など、解決すべき
問題が山積みで、そういうのを考えれば日本なんかに見ているヒマもない
はずなのに、逆に攻撃対象が目をそらすために日本を利用している感じ。

またそういう不信が蔓延していて、政府の発表や方針が信じらないという
書き込みをあちこちで見るのに、なぜ反日の件では疑問が起きないのかと
いうダブルスタンダードが顕著。

すべての情報はとりあえず疑うのが自分の方針なので、いくら嫌いな相手で
も流れてくる情報に飛びつくのはおかしいと思う。

先の飲み会に戻ると、時にはまったくそうでもないのに悪意のある貶めを
しようとする場合もあるので噂を流す人にも疑ってかかります。
特に他人を褒めないような人は確実にw

反安倍にしても何度も書いてるように不思議で仕方がない。
なぜ、どこが、どうダメなのかを具体的に聞いたことがなく、ただただ不信
だとか、おかしいとか、気分とか感情がほとんど。

そしたら、先日のテレビでコメンテーターが政治評論家になぜ打倒安倍なので
すかと聞いたら、「嫌いだから」にはとことん呆れました。
確かに好き嫌いは会社とかご近所の付き合いとかいろいろあると思う。

でも、時にはみんなの利益になることでもそうした好き嫌いから反対運動にな
り、結局は大勢が不利益を被った事例をたくさん見てきました。
そういうのに留飲を下げる人たちの思考回路がまったく理解不能。

まあ自分の嫌いな人が手柄をたてるのが嫌ということなんでしょうけど、たっ
たそれだけのことで自分の子供や孫の代まで悪影響を及ぼすんだから、情け
ないというか大人げないというか、そういう人間にはなりたくない!

オイラは自己診断ではかなり性悪な方だと思うけど、それでも人からそんなに
嫌われてはないと思う自信があるw
他人の悪口を極力言わない、言っても憎々しそうじゃなく笑いを含めた批判と
いうか、先日では小泉進次郎氏が評判になってたように、ああいうのを心がけ
るようにしています。じゃないと最後は自分に降りかかりますからね。

ただ興味深いのは、誰の悪口も言わない八方美人だからいいってもんでもない
のが難しいところ。そういう人はNOと言えない人が多く、あちこちから約束
とかいろいろ求められるうちに手詰まりになり、最終的には誘われなくなる。

また聞き役がうまくても、本心を明かさない人間も信用がない。
Aさんのことをどう思うなんて振っておいて、いろいろ喋った後に、じゃあ君は
ってなったときになあなあで終わらせる奴は信用ないもんw

まあ最終的にはその人にどれだけ友人、仲間がいるかでわかりますよね。
仕事関係で交流が多くても話にならない。
本音で話せる人がどれだけいるかでしょう。

そういう観点で選挙の立候補者を見ていきたいと思ってます。
政治家もなんやかんやいっても一人の人間ですから。


nomikai


taka1346yu at 23:15|Permalink

2017年09月22日

自分の鏡

人間ウォッチしてると、なぜこの人は他人に対してこういう風にみるん
だろう。こんなに口撃するほどかなって思うことがある。

しかもそうしたきつい人が清廉潔白で、人格者で反論の余地がないほど
ならいいんだけど、ブーメランの方が多いw

時には自分の方へ向く疑惑の目をわざと他に向けようとしてるとしか思
えない場合もあるし、攻撃は最大の防御とばかりに尖がっている。
とにかく優しいという印象からは程遠い。

いろいろ見てきた結果、フィルターの違いに気づきました。
どういうことかといえば、例えば男女がいて終電がなくなり、どちらか
のうちに泊めてあげたとする。
このとき二人きりになれば必ず何かあると考える人と、二人きりだから
といって特別どうってこともないと考える人に分かれる。

もちろん第三者に誤解を与える行為には間違いない。
それでも人は自分の経験や思考から想像するだろうから、事実の前に
その人の個人の思いが判断材料になるでしょう。

だからこそ根拠のない自分だけの考えは慎重にならなけれならず、まして
他人を批判する場合はかなり慎重になる必要があると思う。
それを考えない発言をするというのはかなりリスクがある。

以前あるマスコミ関係者がこう言っていたのを聞き驚いたことがあります。
それはすごくいい車が走ってて「すごいなあ」って言ったら、「ああいう
高級車に乗ってる人間は悪いことをして儲けてる人間だと」
その人の根底には金儲け(金持ち)=悪という刷り込みを感じました。

個人的にはそう思うのは別にいいけど、マスコミにいる人がそんな色眼鏡
だと、なんか腑に落ちないものがありましたね。
こういうのを聞くと偉い人でも必ず悪いことをしているとか、地位のある
人はそれを利用して悪さしてるなんていう思考になっていくでしょう。

メディア特に左派系は反権力、反富裕層みたいなものがあります。
しかしその反対してる人も観察すれば権力を持ち、金持ちがたくさん。
その人たちの金儲けもよくよく調べれば酷いものですよw
ぴんはねはするは、富の再分配はしないは口先だけが多い。

ただ自分にもそうした色眼鏡は確実に存在しています。
例えば公的なところで何かやってる場合に、役が付いてチェックしたら驚き
の杜撰さを知り、ああいう職業の人たちはこういうことをやってるんだと
気づかされたショックは計り知れませんでした。

何かしんどいをことを引き受けているから、すごいと感心してたのにやっ
ぱ裏があったんだなあという衝撃。
そういうのを積み重ねてしまうとフィルターはどんどん濃くなります。
それでも全てを疑うのもよくないし、能天気に信じるのも難しいですよね。

解散風が吹き荒れてますが、この間までモリカケ解散を受けて立つなんて
言ってた記録が残っているのに、今になって無責任とかいってる、
そのモリカケも疑惑から何もなく、それこそ陰でこういうことをしてるん
だろうって思うのもある意味鏡だと思う。

話はそれるけど納得がいく説明っていう言葉に違和感。
なぜなら説明を受ける側が納得する姿勢じゃないと永遠に無理でしょw

例えば警察の取り調べでも、被疑者が一生懸命説明しても取り調べ側が完全に
疑ったままだとどうしようもないのと同じ。
アリバイを提出したり、目撃者がいるとか証拠を出してもNOを突き付け
られたらどうなります。

モリカケはまさにその状態じゃないですか。
一般人はすでに納得とまではいかなくても、特に何も出てこないし行政の判断
ミズであり、政権の責任までいかないのは理解してる。
ただしつこく追及してれば一部の情弱がいい加減にしろと支持率が下がる。

それが目当てであって解決はどうでもいいんだから。
国会が冤罪の温床になるような仕組みってどうよw
サリン事件で河野さんにいつまでも疑惑の目で見てたのと全く同じでうんざり。
安倍憎しと、河野怪しいで世論を作り上げようとする怖さを感じます。

やはり他人をどうみるかの姿勢は結局は自分なんですよね。
モラルのある人は他人も同じようにあると思うし、低い人は他者も低いと。
人間ウォッチは自分ウォッチでもあるということかなw



taka1346yu at 18:29|Permalink

2017年07月16日

2:6:2

この週末は地元の商店夏祭りでした。

毎年恒例ながら、この時期特有の梅雨明けとの戦い。
あと近隣地区の花火大会などのイベント競合などいろいろ。

今年は天気も大丈夫だったし、他とも重ならず成功。
ただ暑さがかなりだったため、熱中症が心配されたけどセーフでした。

この他に地方の人ならわかってくれると思う消防夏季訓練の代表
ともいえるポンプ操法の練習もあります。
その他いろいろ参加してるといつも考えるのが2:6:2の法則。

こちらにも何回か書いてる働きアリの法則といわれるもので、集団の
うち2割はきちんとした人がいて、残り8割のうち6割が普通であったり、
五分五分な感じの関わり方、そして残り2割が幽霊といわれる無関心な人。

どういう組織、団体もこんな感じで、面白いのがある団体で自分はきちんと
した側にいるけど、あるところでは無関心となったり、中庸の6割に存在し
たりと様々。その決め手は自分の心の中にある優先順位や役員に選ばれるか
どうかの立場なんかで変わってきます。

これを理解してないと、在籍組織に対しイライラしたり、人にもあたってしまう。
どういうことかといえば2-6-2ならほぼ運営は順調、しかしこの比率が崩れると
例えば真面目が増えると船頭が増えて揉めたり、無関心派が増えれば真ん中の
人々もやる気をそがれたり、出席者が少なくなったり・・・

だから、確実に出ない人をどうにか出すようにしようなんていうのはご法度で
8割の人がいればいいでしょっていう程度にし、中庸の6割の人にも特に
もっと精を出してくれなんて強要しない方がいい、そこそこでw

指導的立場の人がいて、従う人がいて、どうしようもないのもいて・・・
そんな感じの何となく一番いい感じになると。
そんな風に夏祭り、ポンプ操法、その他の活動を見ています。

自分の経験で崩れたときの話をすると、それは野球のクラブチームでした。
今でも地元のご近所さんチームは続いているけど、クラブは廃部。

原因はやはり2-6-2が崩れたからといえます。
でも仕方がなかった・・・
若い時期はいいけど、結婚、仕事、年齢といつまでも同じじゃないですから。

個人の条件が変わり、参加への意欲も年を追うごとに一人、また一人と減り、
ここに新たな人が加わってくれるうちは何とかもったけど、自分が役をし、
年を取ると若い子への勧誘もたいへん。

じゃあ役を交代し、若い子に変われば入りやすくもなるんだけど、引き受けて
くれる人がいなくなり、残念ながら・・・でした。
ただ上手に禅譲できた組織・団体は今でも存続しています。

そうやって経験を積むと、ほんといろんなことがわかりますね。
正直この人はダメだと思えば平気で切れるし、その反対に信用できる人とか
この人はきちんとすべき人というのも自然とわかります。
たぶん自分が世渡り上手といわれるのもそこだけはうまくやってるからかなw

難しいのは八方美人でもダメなんですよね。
切る場合ははっきり切る。
そういう厳しい態度も持っておかないと、逆についてきてくれる人から嫌がら
れてしまう事例もた~くさんみてきました。

独りよがりもダメ、ワンマンもダメで批判してくれる人も重要。
また全員が同じような戦力になってほしいという高望みもご法度だし、地位
とか力量を判断して、期待も濃いの薄いのきちんと分けるべきでしょう。

今回の夏祭りでも人間模様がいろいろあり、久々に思い出した次第です。
イベントは粛々と進みましたが、協力ではいろんなことがありましたので!

そして自分がされたことが今度他人から必要とされた時、その人が自分に
どれだけのことをしてくれたかで、組織の6もしくは2になります。

オイラは基本、怠け者で意地汚い人間ですから、そうした損得もっといえば
打算で動くタイプともいえますからw

批判する人もいるでしょう。
しかしストレスを溜めない生き方はそれが必要!
嫌われる勇気もないとね。

taka1346yu at 23:32|Permalink

2017年06月28日

平行線

日々いろんなニュースが流れてます。
その中でも一番注意してるのがソース、これがはっきりしてないものと
誰が発信してるかを重要視してる人も多いでしょう。
自分ももちろんそうです!

最初はどうしてもタイトルに目が行くもの。
そして過激で扇情的なものほど読みたくなってしまうんだけど、読み進めていく
うちに次のような言葉があると慎重になります。

平和、人権、差別(ヘイト)、市民、少数派・・・などなどw
本来は守るべき、守られるべき存在、なのに何だか怪しいものに感じてしまうよ
うになったのはどうしてなんだろう。

オイラも完全なる平和主義者、戦争は大反対ってそもそも平和を願わない人に
出合ったことがないんですがw
その平和を考えたとき、非暴力、武器反対、争いより話し合いとしましょう。

日本国内でいえば、活動家が暴力的で時には非合法な強硬手段を使うのは明らか
になっているし、武器については自衛隊の軍備には言及しても本当に脅威な中国
や北朝鮮のことについては触れないダブルスタンダード。

また本当に忌むべきは武器を作ってる国連常任理事国を非難すべきなのに、現状
そんな声を聞いたことはありません。
北とのも問題も話し合えという人々が、国内では相手をレッテル貼りし聞く耳
さえもたいのはどうしたことかw

人権、差別についてはこちらも国内では声高なのに、チベットやウイグルの人権
弾圧にはだんまりで、やたら日本のものばかりしか言わない。
また声高でも外国人が絡むようなものはスルー。

日本国内の差別はもちろん解決にはまだまだだと思うけど、たまに言ってくる国連
とかアメリカなんて、お前らこそどうなんだと頭に来る。
国連は中国や中東には及び腰だし、アメリカなんてハリウッドでとかまだまだあから
さまな差別が存在してるし隠そうともしないw

そして市民や少数派をなぜか性善説で扱い、良心的存在のように描くメディア。
違法かつ非合法であっても目的が崇高ならば目をつむる。
そして冒頭のように記事を怪しむようになってしまったんですね。

書き手が悪いのか、読み手が悪いのか・・・
ただ一つ言いたいのは事実を捻じ曲げたり、事実を書かないのはどうなんだと。

優しいことをいうのは気持ちがいい、厳しいことをいうのは気が引ける。
死刑は廃止した方がいいし、犯罪者を許し更生を信じたいし、軍隊を持たない平和
国家、移民をどんどん受け入れる・・・

それは理想だから現実を考えろっていうか、理想を持ち続けることが大切だというか
は人それぞれ、ただし具体的に国として方向性を考えるなら、誰がどう考えても国民
大多数の方を大事にしなければならないのは小学生でもわかる。

オイラは酷い人間ですか。
でも友達もたくさんいるし、どこに行っても別に嫌な目で見られることもない。
それよりも運動してる人の方が訝し気に見られていますよw

目的自体はいいのに、運動の仕方がね。
なぜ大多数の人々の心に届かないのかを考えないかぎり、平行線は続く・・・

taka1346yu at 23:31|PermalinkTrackBack(0)

2017年06月18日

ハインリッヒの法則

自分は根本的に我慢できない人が嫌い。
時には軽蔑のまなざしで見てるときもある。

先日こういう記事がありました。ネタなのかもしれないけど・・・

投稿者は「自他ともに認めるお酒好き」で、その日も朝から飲みたい気分で、
我慢できずに昼食時にコンビニでノンアルコールビールを購入。
15時の休憩時間に自分の席で飲んでいたところ、上司に咎められました。

「会社で就業時間中に飲むものじゃないな」と注意されますが、女性は
「えっ?アルコール入ってませんけど」などと反論します。
結局、その後グチグチ1時間以上も怒られた挙句、「明日(今日)は出社
しなくてよいから家で反省文書いてこい」と言われることに。
つまり、出勤停止処分です。納得できない女性はネットに疑問をぶつけました。

本人は休憩中である、ノンアルコールであるって反論してますw
しかし30代女性とのことですが自分を客観視できないのか。
もしサービス業などで店員が飲んでいたらどうです。
また会議なんかではよくお茶のペットボトルが出ますが、ノンアルだとしたら
その会社はどう思われるかな。

就業時間が過ぎ、残業で一息ついたというならまだしも、真昼間に飲むというか
飲みたい感覚に負けるような人はだらしないと思う。
これはタバコに関しても同じで、自分も元ヘビースモーカーでしたが閉鎖空間
での喫煙は我慢したし、スマホとかでも言えそうですね。

自分を律することができないと、いつか必ず何かをやらかすと思ってるんで
自己制御は社会人なら重要じゃないかな。
重大事故の陰には小さなトラブルがあるとされるハインリッヒの法則を思い出します。

酒の場合は飲酒運転やケンカなどのトラブル。
タバコだと寝たばこなどのように火事の原因となる場合。
スマホでも事故とかケガとかね。

格いう自分は不摂生との戦いをしてますが、こちらは他人の目より自分との
戦いなんで少し違いますけどw
何にせよ、だらしない人間とは思われたくないものです。


taka1346yu at 22:53|Permalink